BLOGMY ROOM IS MY WORLD

近頃、新しい出会いや久しぶりの人に会う機会がちょくちょくあり、その度に「kozzyって○○な人やな」的なお言葉を頂戴する機会がおおございました。

そりゃ言い過ぎですよってくらいポジティブな評価もあれば、他人が聞けば「それってまぁまぁ酷評されてるよね」ってくらいネガティブな評価もあったのかと思うのですが、大抵のことを「うん、あなたが僕のことをそう思う理由もわからんでもないですよ」ってな具合に共感できてしまっています。(酷評する方もし甲斐がないね)
過大評価されていようが、自分にとって不本意な評価をされていようが、人が僕に接してそう思うのであれば、何かしらそう思わすだけの理由があるのだと思います。

冷静に考えたいのです。
過大評価だと思う場合には、営業トークのように相手に何か意図があるんじゃないかとか、僕に関する事前情報(ブログや噂)などがあって実際より大きく評価してしまっているんじゃないかとか、そもそも僕とは全く違う尺度でものごとを測っているのではないかなど、様々な理由が考えられます。

当然、自分にとって不本意な評価・ネガティブな評価をされた場合にも様々な理由があると思います。
単純に客観性に欠けた自分には見えていないところを批評されただけだとか、明らかに不当な評価だけど、それには僕に対する何かしらのネガティブな感情が起因しているのだろうな(そしてそういう感情を持たせる何かをしたんだな)とか、実は奮起させようとして言ってくれてるのかなとか。

もちろん、これらの分析が僕の過剰な謙遜や卑下などによるものではないと思っていますし、人の評価と自分の評価がバッチリ噛みあうことだって多々あります。

なんてどーでもいいことをツラツラ書いたのにも理由があって、これまで自分は類まれなるセンシティブボーイだと思っていたのですが、ここ最近(数年)いろんな人と話していて、実は自分は類まれなる"図太い"人間なんじゃないかということを感じはじめたのです。
若干態度が悪いのも、天の邪鬼と言われるのも、感情の抑揚が少ないと言われるのも、これで全て説明がつくのではないかと思うのです。
そしてそれは、僕にしてみれば、逆に自分の周りの人たちはこんなにも人の評価で一喜一憂するもんなんだなぁという発見でもありました。

でね、一喜はいいと思うんです。というか全部一喜に持ってけるくらいの大勘違い野郎ならそれに越したことはないと思うんです。

でもね、一憂ばかりの人はダルいと思うんです。周りの人も本人も。
さらに一憂する原因となった人や事象に対して、いちいち嫌悪するのもこれまたダルい。
もちろん僕だって誰かの発言や態度に心を痛めたり、敵意を抱いたりすることはありますけど、引っ張りすぎるとダルいでしょ、自分が。

あかん......ちょっとまとまらないし、バカポジティブな話になりそうなので、ここらで止めておきます。
結局これだけ書いて、言いたいことはたった一言で、

「それそんなに気にすること?」

ってことです。もう大抵の悩みや相談の答えはこの言葉になります。
僕には何も相談しない方がいいですよ、マジで。こんなことしか言えないし、これ以上を求められても困りますもん。

自分自身がどう思ってんのかってとこが一番大事なんじゃないかと思うんですけどね〜。

あぁ、まとまらん。
乱文、失礼しました。

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