DIARY1月17日

2006.01.17

comment [7]

神戸市や淡路島に比べて比較的震源から離れた場所とはいえ、それでも僕の住む尼崎にも大きな被害をもたらした、あの阪神・淡路大震災から11年を迎えた。

朝方まで起きていた僕は、地震の発生した5時46分の少し前から、神戸市を中心に行われていた追悼式典の各会場からのテレビ中継を見ていた。その5時46分になると、遺族や被災者を中心とする式典参加者の黙祷する様子が各局で放送された。

僕はほぼ無宗教なせいか、こういった式典や墓参りのようなものの宗教的な意味合いはあまりわからないけど、自分の中では、何かの理由で亡くなったその人のことを忘れないためのものだと思っている。厳密に言うと、その人のこと、その事件・事故のことを忘れないってことなのかな。

そんなことわかってるっつーの!なんて言われるかも知れないけれど、実際のところ、毎年この1月17日が近づくまで、なかなか震災の日のことを思い出すことはない。あのとき、自分の住む街や近隣の街の変わり果てた姿を自分自身の目で見たにも関わらず、その記憶は年月が過ぎるとともに薄れていっている。

これが、実際にあの地震を体験していない人ならどうだろう?記憶が薄れていくのは、もちろん僕の意識の薄さに起因するところもあると思うんだけど、まるで体験していないって人の心の中には、どれほど地震の怖さが焼き付いているんだろう?
あれから11年も経ったということは、小学校の5、6年生の子なんかは体験していないことになる。
もし、今日のような式典がなかったり、学校や家族があの地震のことについて何も伝えていなかったら、僕があの地震を体験する前にそうだったように、"大地震"は本やスクリーンの中の話だとしか思わないだろう。

それと同じことで、太平洋戦争終戦60周年だった昨年、様々なメディアであの戦争の過ち、悲惨さが伝えられたことで、今さらながら、ようやくあの戦争が本の中の出来事ではないんだということが実感できた気がした。僕自身は、日本で唯一地上戦が行われた沖縄をルーツに持ちながらも、やはり、リアルにはその惨劇を感じることはできてなくて、別にそれは仕方ないなんて思ってた部分があったんだけど、たまたまではあるけど、メディアで報じられたその戦争によって引き起こされた悲しいことを目にすることができて、このことを知らないままではダメなんだと思うことができた。だから、多少なりと国政への興味も高まったし、今なおどこかで戦争が行われていることの悲しさも感じることができた。

それと同時に、その辛い体験をこれまで伝えてきた人の尽力に感謝し、リスペクトする気持ちも芽生えた。
次は、僕達の番なんだけどね。まだまだ勉強不足だわ。


そんなことを考えてた日中、各テレビ局で、耐震偽造マンション問題でヒューザーの小嶋社長の証人喚問の模様が放送されていた。あの地震の起きた日と同じ1月17日に。

本当、うんざりする。

さらに追い打ちをかけるように、最高裁で宮崎勤の死刑判決が下されたというニュースが飛び込んでくる。
昨年末から幼児殺害事件が多発している中、(極刑の是非は別として)最初の女児殺害から17年余りを経てようやく死刑が確定したということ、そして、判決の直前の宮崎勤の言動を聞いてると、やりきれない気持ちになる。

人間のバカさ加減を痛感したような一日だった。

Sounds

心を洗浄するためにBUDDHISTSONとMAEとJIMMY EAT WORLDを聴く。

  • BUDDHISTSON/Buddhistson
  • MAE/全作品
  • JIMMY EAT WORLD/Bleed American

コメント

大森歌右衛門 says

阪神・淡路大震災が起こった日、大阪市内に住んでる私は、地震発生時はビックリして起きたが、そのまま二度寝。そして何事もなかったように、自転車にて、学校に向かい到着。そこでほとんどの生徒が来ていなくて、驚いた記憶があります。その時点でも、あのような大惨事になっていたとは気付かず、学校が休みになり、喜んでいました。帰宅し、テレビを見ていて高速が倒れているシーンを見て、やっと実感しました。

02:24 AM - January 19, 2006 返信

大森歌右衛門part2 says

今回の1.17は、ヒューザー・ライブドア等で、とくに注目されてなかった気がしますね。ニュースのあり方はどうなんでしょうか?誰かが誰かを殺した等のニュースは私は無関心です。ホリエモンのことも日本経済にダメージを与えているは確かです。ヒューザーもたくさんの方々の命にかかわる問題なのもわかりますが!ほかに大事なこともある?なんか分からなくなってきました。

最後に、あの阪神・淡路大震災の際、倒壊した高速にひっかかってて、落ちかけていたバスの運転手さんが、持っていたお守りが受験生に大人気だったみたいですね♪そのお守りも、もう忘れられているのかな・・

02:25 AM - January 19, 2006 返信

KOZZY says

歌右衛門さん>>
部屋の電灯が揺れ、家具が倒れと、かなりの激しい揺れを体験したにも関わらず、僕も何も考えずに学校に向かいましたね。そこで外壁のヒビやドミノのように倒れた下駄箱、そして周りの倒壊した家屋を見て初めて事態の大きさに気づきましたね。いや、まだ気づいてなかった。倒壊した家や商品棚の倒れたコンビニなど、非現実的な光景を見てヘラヘラ笑ってた気がします。それから、報道で各地の状況を知り、みるみる増えていく死亡者数などを見て、本当にやっと凄いことが起きたんだなと思ったように思います。
しかし、Fuckなニュースの多過ぎる一日でしたね。本当に何が大切なのかわからなくなる一日でした。
ちなみに、僕はそんなお守りがあったなんて知りませんでしたわ。

07:26 AM - January 19, 2006 返信

ちえ says

私もあの時は学校いくべきか迷って友達に電話とかしてた。マラソン大会なくなってラッキーぐらいやったんやけど、夜になってどんどん増えていく死亡者にビックリ。といったかんじ。
一生忘れないけど薄れてはいく記憶。人間はうれしいことも怖いことも忘れていく生き物で、全部忘れれない人ってゆうのは(いないけど、いるとしたら)死んじゃうらしいです。前本で読んだ。
だから忘れていいんだけど忘れちゃいけないこともあって、だから、追悼式典とかするんやんね。

08:25 PM - January 19, 2006 返信

KOZZY says

ちえ>>
ホンマ、学校休めて嬉しい、ぐらいの感覚やったよね。

いろんなことを忘れていくってのは、人間の防衛機能でもあるよね。楽しいことも辛いことも忘れていく。また、時間が経過すると記憶していることが本当に真実かどうかさえもわからなくなってくることもある。

それでも、ちえが言うように、絶対忘れてはならないことってのがあって、震災のことなんかもそうだと思う。そのために、今年もああいった追悼式なんかが行われているのに、それと同じ日に、大きな地震がくれば壊れてしまう可能性の高いマンションを作ったとされる人たちがテレビに出てる。バカだね。

01:11 AM - January 20, 2006 返信

女将 says

災害や戦争の悲惨な体験や話を忘れてはいけないのは、その経験や知識が防御策や回避策になるからだと僕は思ってるんです、事件を忘れていくと言う事はその防御や回避策を忘れていくという事だと。
忘れてはいけない事件。災害や事件に対する意識を上げるという意味で追悼式典は実際に震災に遭った人だけでなく、なるべく多くの人が観るべきだなと思います。でなければ電波に乗せてニュースとして発信する意義が無くなってしまいますしね。
欠陥マンションの人達はホンマ、アホですね。大事になる前に発見されたのは不幸中の幸いですわ。

12:35 PM - January 20, 2006 返信

KOZZY says

女将>>
でも、あの日は、人間の学習能力のなさを象徴する日やったね。

あれだけ多くの人が亡くなった地震の起きた日に、地震には耐え得らないかも知れないマンションを建てた人が国会の場に立っている。
17年前に起きた残忍な幼児誘拐殺人事件の最終判決がやっとのことで決定した日だけど、今なお昨年末からの幼児誘拐殺人事件では捕まっていない犯人がいる。
何かと話題になるからと言って散々もてはやしたホリエモンに疑惑が浮上したとたんに一斉にバッシングを浴びせるマスコミと自民党。

人間は本当に学習できる生き物なのか……。何かそんな絶望感に駆られる一日でした。

10:13 PM - January 20, 2006 返信

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