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TOP>BLOG>曇りのオッサン

最近、ある人と話していて、日記(ブログ)を書く意味みたいなことが話題に上りました。このことについてはおおまかではあるけれど僕なりの意味を何度となくこのブログで書いてきたわけだけど、そんな風にそれなりに熟考したつもりの僕にでも新鮮だと感じる意見をその人は言ってました。

その人曰く、『その日にあったことを文章にして残すということは、その日あったことを決めつけることになる』らしい。全く同じセリフじゃないし、それ以上深くはそのことについて話さなかったから言葉の真意はわかりません。
しかし、それを言った人の意図したものではないだろうけど、僕にとってはちょっとした問題提起になったように思えました。

以前、『自分の場合、人生の中で幾度となく訪れる分岐点に差し掛かったときに、過去の経験をもとにその行き先、またその突破口を見出そうとするため、できるだけ正確なデータを残しておきたい』というのが自分がブログを書くだいたいの意味であるというようなことを書きました。それを誰かに話したところで特に賛同されることも批判されることもなかったけど、先述のような別の見解を言ってもらえたことはありませんでした。

なにが僕にとって"提起"されたのかというと(勝手に感じただけだけど)、それはその過去のデータに縛られてしまって、分岐点での行き先の選択肢が限られてしまうんじゃない?ということです。そりゃ、分岐点での行き先の決め方をどうするかなんて人それぞれだし、逆に決め方は人それぞれじゃないとダメだとも思います。それぞれに合った歩の進め方ってもんがあるもんです。だけど、その方法を採用するかしないかは別として、誰かの方法を知るか知らないかでは結果が大きく違ってくるのではないかと思いました。

まぁ、とりあえずは今までの方法で進んでいこうとは思ってますけどね。

そのことにリンクすることで、僕がここ数年の間に気づいたことがあります。

それは、自分という人間はこういうヤツだ、と決めつけない方がいいということ。もっと詳しく言えば、それを口に出さない方がいいということ。
僕の人生の最大のネガティブ期には、よく『俺なんてこんなもんだよ』と自嘲気味に言ってました。まぁそのときは本当になににおいても自信のなかった時期で、たぶん本気でなにをしてもうまくいかない気がしていたと思います。
もしかすると、"言霊(ことだま)"ってこういうことなのかも知れないけど、僕はよっぽどバカなのか自分の言った言葉に暗示にかかっていたんだと思います。本当、ネガワードを口にする度に自分がその言葉通りのヤツだと思えてくるのです。

アンタ今でも言ってんじゃん、と思う人もいるかも知れませんね。『僕はバカだから』とか『俺なんてこんなもんです』みたいな。

それは違うんだな。これはブログを書く意味に通ずる部分なんだけど、僕は自分自身をなるべくフラットに、客観的に評価していきたいと思ってるんです。だから、今現在吐いている一見ネガワードともとれる言葉の数々は、自分自身を正当評価した上での言葉なんだわ。本当に僕はあまり頭も良くないし運動もできる方ではないんです。先を見据えた上で現状を把握しているだけなんです。そこが無闇にネガワードを発していた頃とは違う。
それに今は、昔には聞けなかった調子ノリ、ハリキ発言もネガ発言と同じくらいあるんです。ものごとをフラットに見れるようになった今は、自分のストロングポイントを認めれるようになったわけです。
だから僕のある一面しか知らない人は、ものすごくネガなヤツだと思っていたり、ものすごく自信のあるヤツだと思ってるかも知れません。数年前の僕しか知らない人なんかは確実に前者でしょう。

いつ間に、しかもどうやって、その最大のネガ期を抜け出したかはハッキリと記憶していません。言霊の件も、もしかしたら後から気づいたことなのかも知れません。恐らく、いろんな人と出会えたこと、仕事において成果が出せたこと、日々悩み続けたことなんかが今の段階で思いつく主な要因です。

しかし、ネガ期、そしてそれから次の時代への移行期こそ日記に記しておくべきだったと最近よく思います。

少なからずオッサンになった今、僕にだって、大きさの違いはあれどそれぞれのネガ期を迎えた同年代または年下の子からの相談を持ちかけられることがあります(恋愛の相談だけは、おととい来やがれ!と蹴り返してやる)。そのときに、さっきの自身のネガ期脱出法の詳細を言ってあげれればと思うのですが、それは今となっては断片的にしか思い出せません。もしかするとそれはもともと断片的なものの集まりなのかも知れないけど。

その中には言霊の件も含まれていて、あまり自分で枠を作らない方がいいよ、ってことを言います。自ら可能性を消していくことになるよ、と。うまく伝わっているのかがいつも心配なんですけどね。

あとは、そのとき圧倒的なポジ発言をしないことは重要なのではないかと思います。
僕のバイブルである『ちゅらさん』にも出てくる表現なんだけど、太陽のように明るい人を、サングラスをかけないと見れない陰にいる人がいるってこと。無闇にその眩い光を当てると陰から出てこれない人もいるんですね。だから陰にいる人の、端っこにいる人の気持ちもわかってあげられる、優しい光を当ててあげられる人にならないといけないよ、ってことです。
これは僕なんかにとってはすごく共感できることで、もう生まれもっての太陽な人の100%ポジ発言ってのは眩し過ぎて、なかなか素直に受け入れられないんですよね。ネガ期特有の卑屈さのせいかも知れないけど、それもわかってあげられるのはネガ期の体験者(ほとんどの人がそうだろうけど)だけだと思います。

人は立場が変わるとなかなか自分がもと居た場所に立っている人の気持ちになれなくなるものです。
だから、自分もそのときの気持ちを思い出して、優しい光を当ててあげられる"曇り"のオッサンになれるといいなと思ってます。

Sounds

DANCE HALL CRASHERS/The Live Record,Live at the House of Blues La (Sub Dol)
一生好きなバンドだわ。暴力大好き国家アメリカに残された良心がここにあります。
311
まだレビューは書いてないけど最新作の『Don't Tread On Me』がいい!特にレゲエチューンが気持ちいい!戦争なんかしないでLet's Dancing!
OCEANLANE/Kiss & Kill
聴き込むほどにロックアルバムとしての質の高さを実感できる。もっといろんな人に聴いて欲しいな。
BUDDHISTSON/Buddhistson
"Falling"がヤバすぎる。このアルバムを雪の中で聴くと最高だろうな。
MAE/全作品
なにも言わずそばにいてくれる優しさがMaeなんです。

コメント

tamag says

あたしは昔から、言霊ってすごく信じてて、小さい頃から母親に言われ続けてて、いまでも、信じております。   
『太陽のように明るい人を』 の話は、なんだい!!  良い事言うね~!! こんな人になりたいよ! 別にあたしが太陽なわけじゃないけどね。
kozzyを昔から知ってる私としては、とても変わったと思うよ。  これは前から思ってたんだけどね。 前が悪いとかじゃなく、今のkozzyのほうが、付き合いやすい人になったと思います。 それはやっぱり、出会って来た人達が良かったからなんだろうね。  どんな人と出会うかって結構重要じゃない?  あたしはそう思う。『曇りのおっさん』kozzyらしい表現だね。  なれると良いね!

11:26 PM - January 26, 2006 返信

u_ziq says

いやほんま出会い→影響→変化の繰り返しの結果が今の自分っすね。
僕は結構ネガってる考えを持ってる人間ですが、口にはださないようにしています。意味がないと思うから。
だからかなぁ?まぶしい人は直視できないや。

12:38 AM - January 27, 2006 返信

seane says

私は今でも職場とかで超ネガティブ発言連発しちゃってます。でもそれは本当にそう思っているってトコもありますが、人から評価される前にそれを自分から言うコトでハードルさげ、自分自身を楽にしちゃってるってトコもあります。いけないコトやね。。。
でも本当に言霊ってあるんだと最近思います。私の知り合い(KOZZYも知ってる人ですが。。。)は24歳で結婚!ってのを言い続けて、23歳(22歳やったカナ!?)で初彼氏→24歳で結婚を実現した人がいます。おまけに赤ちゃんまで希望通りっ!!
ソレを見習ってぇ~!!
ポジ発言はまだできないと思うけど、せめてネガ発言だけはしないでおこうと心に決めさせて頂きました。ってコレがすでにちょっとネガなんだろうか。。。?

02:53 AM - January 27, 2006 返信

KOZZY says

tamag>>
俺の言う言霊の力っていうのは、大人の言うその霊的な意味ではなくて、原理としては人間の心のシステムを利用したものだと思ってます。でも、結局は昔の人もそういうことをただ言霊という呼んだだけじゃないかなと。

そうっすね。本文にも書いたけど、以前の自分が人からどういうふうに見られ、自身の心境はどうだったかというのは、残念ながら少しづつ忘れていってます。
俺が人として付き合い易くなったのであれば、一般的にはただ大人になった、成長しただけと言われ兼ねませんが、大人になることで殻を固くしてしまうこともよくあります。
周りの人の力や、自問自答、試行錯誤の日々の結果、僕がより人との関わりを持てるようになったのは嬉しい限りです(それでもまだまだ難しいと感じてますが……)。

09:25 AM - January 28, 2006 返信

KOZZY says

u_ziq>>
そうか、u_ziqがネガタイプの人には見えなかったな。[興味を持つ]→[行動する]という流れが非常にスムーズに進んでいると思ってた。実はその流れの中にいろんな思いも含まれていたのかな。しかし、そう見えなかったのはネガワードを口にしないからだったのか。
でも本当意味がないと思う。特に周りのそれを聞く人にとっても。忘れていたけど、それは俺も気づいたことではあったかな。

09:33 AM - January 28, 2006 返信

KOZZY says

seane>>
俺たち尼っ子にとって、ネガワードを発する理由として、"自虐ネタ"という要素が多くを占めていると思うな。残りは、本当に自分に対してそう思っている場合と、seaneの言うハードルを下げるっていうことだね。それは俺もよく使う手法だわ!自信のあることでも最初はあまり口にしなかったりするな。期待とか信頼みたいな周りの思いってのに耐えうる確固たる自信がまだ持ててないってことやね。気づかして頂きましたわ。
俺やseaneの性格なのか、自信を持っていい部分ってのは確実にあるのに、自分ではそれを認めれないって部分があるよね。でも、もうそろそろ自分のストロングポイントも認めちゃっていいと思うよ。「ハリキッー!」と言われちゃおうぜ!

本当あの人は有言実行しましたね~!しかもなかなかの難易度の高いことを。尊敬しますわ。

09:58 AM - January 28, 2006 返信

チエ says

seane の書いてることにかなり大きくうなずいてしまった!!
私も職場でその手よく使います!わかるのにわからんふりしたり…
ややこいことふられたくないってゆうめんどくささとか、たいした事ないと思ってた子がちょっとできるとおぉ!ってなるの狙って。
けど最近はやっぱり舐められて、自分の意見がとおりにくかったり、やりたい仕事を任せてもらえなくなっちゃうのを恐れてやめました。
尊敬する先輩が、仕事量がどんなに多くても、難しくても絶対断らないとゆっていて、無理でも自分のキャパ以上のことをやっていけば自然にキャパはあがっていくってゆってたから。
上を目指して生きてゆきまーす
でもこの中じゃあたしだいぶポジな人よりやんね?!

08:47 PM - January 28, 2006 返信

KOZZY says

チエ>>
俺の職場では、本当にできない仕事なら出来ないという勇気を持つことを覚えましたね。納期とクオリティを保持するためのことですが。それと同時に、あなたの先輩の言ったことと同じではないかもしれませんが、出来ないと言う前にまずどうやったら出来るかを考えないといけないということも教わりました。そうやって試行錯誤することで力がついていくんだと思います。たぶんその姿勢は、営業、クリエイティブ、オペレーター全てにおいて重要なことですね。

まぁこの中の皆さんはこういう風に本音の部分を書いてくれてますが、僕の知る限り、やるべき場所、場面ではしっかりやってる人たちですね。

01:10 PM - January 29, 2006 返信

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