近頃、歳をとったことによるものなのか、生活環境の変化によるものなのか、自分の中で良くも悪くもいろんな予期せぬ変化が起きている気がする。
良い面で言えば、心の中から少し攻撃的な部分が減ってきたことか。これに関しては、以前の職場を辞めてからの一年間に、自分でも以外な程いろんな環境に身を置いたことや、その中でいろんな人と出会えたことが関係していると思う。自分にとってFuckなヤツからもNiceな人からも多くのことを学んだ。
人にはいろんな生き方がある。極力他人の自由さえ奪わなければ、みんな好きなように、自分が幸せになるように生きていけばいいと思うようになった。特に、自分に対してそう思うようになったんだけど。
そんなことで、自分とは全く違う考えや行動をとる人や、曖昧な表現だけど、人として間違ったことをしてしまった人の気持ちなんかも、少しは理解できるようになったというか、それはそれでリスペクトできるようになったと思う。
そうすることで自分の至らなさを弁護している部分もあるってことが、悪い面なのかもしれない。
何度かこのブログでも書いているけど、今まで焦燥感に苛まれていた神経を、一度少しユル~くしてみようというスタンスに慣れてきたら慣れてきたで、やっぱり多少不安が出てきた。
先述の、今までリスペクトできなかった他人の考え方や生き方とは、ハッキリ言うと、他に生き甲斐があるかどうかは別として、仕事に打ち込めない人や刹那的な快楽主義者のことだったりするんだけど、自分がそんな人になっていくのを想像するとやっぱり怖い。以前書いたかもしれないけど、『手を抜く』のと『肩の力を抜く』のボーダーラインを見失いそうになる。僕の弱い意志だとね。
そうなってしまうと、僕はたぶん最近このブログで書いている現職場への不満もなくなり、あの環境に甘んじてしまい、最終的にはあの環境でしか生きていけない人材になっていきそう。これに関しちゃ、じゃそれで食っていけるならそれでいいじゃん、って意見もかなりあるとは思うし、最近のユルくなっちゃった僕なら少しはその道を選んだ多くの社会人の気持ちもすごくわかる。
でも、やっぱり定年まであの場所での仕事にモチベーションを持ち続ける自信はないし、持ち続けたとしても、あの場所から自分が排除されたり、あの場所自体が社会から排除される可能性だってかなり考えられる。それなら、ある程度自分の好きな仕事のできる他の場所でも食っていけるように、せめて『肩の力を抜く』程度にユルくなっておかないとダメなんだよな。それが超難しいんだよな......。
僕ね、こんな感じで、人生観や仕事観に関することを人に話すとね、結構な確率でネガティブだって言われるんですね。確かに、自分にはそういった部分は多分に含まれているのは存じておりますよ。けどね、ある種、めちゃめちゃポジティブだと自分では思ってるんですよ。
だって、気持ちの込めれない仕事はしたくないって言ってんですよ? だからそれが出来る環境に身を移しながら生きてるんですよ? それって実は世間一般的にはリスキーな生き方じゃないっすか? それでも、自分のエゴに忠実に生きているってことは、ある種、ポジじゃねーの?って思うわけですよ。
以前、一人だけこの意見にどストライクで賛同してくれた友人がいて、その彼も結構好きなことやって生きているんですけど、そのどれも本気で打ち込むヤツなんです。
そいつと話しててすごく盛り上がったのは、「事故りかけてる子どもや老人(別に誰でもいいけど)を助けて、代わりに自分が死ぬのがベストやんな!」ってことだったんです。それなら、別に今すぐにでもそれが実現できてもいい、って二人で話してて。
え、それがネガだって?
そうかなー!? 一見、仕事観に関する話から飛んだように思うけど、この話って、要は、やり甲斐とか生き甲斐を持たずに生きれないよ、ってことですよ? なんつーか、これから誰かの役に立つかどうか、迷惑をかけないで生きていけるかどうかってことが不安だから、それだったら、誰かのお役に立てた、ってもろに自己満足で満たされた心のままで人生を終えたいって話ですよー?
それでも、ネガ? そうなんだ......まぁいいか。
宗教観とか育った環境とか今の自分を取りまく環境によっても、それって変わってきますよ。
ってゆーか、人間なんてただの動物なんだから、本当はただ旦那や奥様を見つけて、子どもをつくって"子孫繁栄"をまっとうすればいいんだから、僕やその友人みたいに、生きる意味なんてものを模索すること自体が人間のエゴなんだと思うよ、ホント。無宗教なつもりだけど、そんなことを考えている自体、何かの宗教観が根付いているんだろうな。
ただね、話は少し逸れるけど、たぶん仏教の輪廻転生の概念だと思うんだけど(違ってたらごめんなさい)、現世で"ロクな行い"をしていないと、次に生まれ変わるときに人間にはなれないよ、って考え方があるでしょ?
僕はね、ほぼ無宗教だけど、神や仏を信じる心はすごく好きで美しいとも思っているし、僕にそういった考え方があるって教えてくれた人たちのことも好きだけど、その人間に生まれてくるってことが最高にありがたいことなんだ、って考え方自体、地球上に生きている生物にとっては傲慢な考え方じゃねーの?って思ってるんです。そんなだから、自分たち人間が最高!なんて思ってっから、もう自然には回復できないほど地球を破壊しちゃったりするんじゃねーの?って思うわけ。それが"ロクな行い"なのかい?ってね。
ガイア仮説って知ってます?僕もあまり頭がよろしくないんで、簡単に説明致しますと、地球自体がひとつの生命体なんだ、って仮説で、それに沿って言えば、地球にとって、そこに住む人間以外の全ての生き物たちにとって、人間が一番害のある存在なんじゃないの?って思うわけ。技術だけ発達して、人間は傲慢になりすぎたんじゃないの。天国へ行けることを最終目標としているようなファンダメンタルなキリスト教信者みたいなのは別として、いろんな神や仏を崇める人たちの意見が聞いてみたいところ。"ロクな生き方"って何すか?ってね。本当、バカにしてるんじゃなくてね。
で、何でこんな意味わかんないことを書くんじゃい、って思われるだろうけど、僕が言いたかったのは、僕の中に少なからず宗教観が根付いているとは言え、生まれ変わったときのためだとか、死んだら天国へ行くためだとか、そんな理由で誰かの役に立ちたいとか思っているんじゃなくて、ただただ自己満足のために、死際にニタッと笑って死ねるように、ってことなんです。
P.S.
牛さん、豚さん、鳥さん、魚さん、植物さん、いつもおいしく召し上がらせて頂いています。アナタたちの命を無駄にしないよう、極力無駄のないよう生きて行きたいと思います。
Sounds
少し宗教的な話だったということもあるし、いつものBUDDHISTSON/Buddhistsonと、THE STARTING LINEのKennyをフィーチャーした"Suspension"や
Beatlesのカバー"A Day in the Life"などを追加収録した再発盤も素晴らしいMAE/The Everglowで。
早いとこ、新作も最高だったNOFXのレビューなんかも書ければいいなぁ。
そういや、PUFFYの10周年記念CDの第2弾はTHE OFFSPRINGのDexterが曲を書くとか。本来はBAD RELIGIONやDAMMEDの影響の強いダークなメロディが基本のTHE OFFSPRINGだけど、普段パンクを聴かない人たちでも知っているぐらいにヒットした"Pretty Fly"や"Hit That"みたいな激ポップチューンもあるし、珍しく明るく爽やかなメロディが素晴らしい"Want You Bad"、RANCIDの"Time Bomb"と並び、90年代中期から後期に巻き起こったスカコアブームに火を付けた"What Happened To You?"など、PUFFYのキャラクターにもピッタリ合いそうな曲が用意できそうなんで、めちゃ楽しみっす。
コメント
says
っぽくない?いやいや、これが俺の真骨頂ですけど!ハハハ!
だから「もろに自己満足で満たされた心のままで人生を終えたいって話ですよー?」なんだってば。自己満足は百も承知さ。ただ「うわー、俺が存在した意味があるやん!」って思って最後を迎えれたらいいなってことさ。死にたいとかそんな話じゃなくて、存在意義が欲しいわけ、俺とその友人は。その極論。まぁあまりわからない方がいいよ、みんなは、ハハハ!
宗教の話とかこういう人生観のことを書くのって、いろんな反応があっておもしろいのな。俺は我が強いから、良い意味で平均的な考え方の人の意見を聞いてみたくなるんよ。大概、引かれるか怒られるけどな。













チー says
なんかKOZZYぽくないな~?
人の代わりに助けて死ぬってのはたとえ話やんな?
病気とかの人に命をわけてあげるのはとてもすばらしいことやけど、代わりに死ぬってのはネガというか~自己万かなー。
チーならありがた迷惑かな。その後の人生考えるとねぇ。
KOZZYの宗教話はむづかしいけどおもしろい!今年はその話でまくあけしたもんね!宗教的な本はあまり読まないチーにとってKOZZYは歩く本でさぁ~
12:23 PM - May 1, 2006 返信