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MY ROOM IS MY WORLD | 2006 April
近頃、歳をとったことによるものなのか、生活環境の変化によるものなのか、自分の中で良くも悪くもいろんな予期せぬ変化が起きている気がする。
良い面で言えば、心の中から少し攻撃的な部分が減ってきたことか。これに関しては、以前の職場を辞めてからの一年間に、自分でも以外な程いろんな環境に身を置いたことや、その中でいろんな人と出会えたことが関係していると思う。自分にとってFuckなヤツからもNiceな人からも多くのことを学んだ。
人にはいろんな生き方がある。極力他人の自由さえ奪わなければ、みんな好きなように、自分が幸せになるように生きていけばいいと思うようになった。特に、自分に対してそう思うようになったんだけど。
そんなことで、自分とは全く違う考えや行動をとる人や、曖昧な表現だけど、人として間違ったことをしてしまった人の気持ちなんかも、少しは理解できるようになったというか、それはそれでリスペクトできるようになったと思う。
そうすることで自分の至らなさを弁護している部分もあるってことが、悪い面なのかもしれない。
何度かこのブログでも書いているけど、今まで焦燥感に苛まれていた神経を、一度少しユル~くしてみようというスタンスに慣れてきたら慣れてきたで、やっぱり多少不安が出てきた。
先述の、今までリスペクトできなかった他人の考え方や生き方とは、ハッキリ言うと、他に生き甲斐があるかどうかは別として、仕事に打ち込めない人や刹那的な快楽主義者のことだったりするんだけど、自分がそんな人になっていくのを想像するとやっぱり怖い。以前書いたかもしれないけど、『手を抜く』のと『肩の力を抜く』のボーダーラインを見失いそうになる。僕の弱い意志だとね。
そうなってしまうと、僕はたぶん最近このブログで書いている現職場への不満もなくなり、あの環境に甘んじてしまい、最終的にはあの環境でしか生きていけない人材になっていきそう。これに関しちゃ、じゃそれで食っていけるならそれでいいじゃん、って意見もかなりあるとは思うし、最近のユルくなっちゃった僕なら少しはその道を選んだ多くの社会人の気持ちもすごくわかる。
でも、やっぱり定年まであの場所での仕事にモチベーションを持ち続ける自信はないし、持ち続けたとしても、あの場所から自分が排除されたり、あの場所自体が社会から排除される可能性だってかなり考えられる。それなら、ある程度自分の好きな仕事のできる他の場所でも食っていけるように、せめて『肩の力を抜く』程度にユルくなっておかないとダメなんだよな。それが超難しいんだよな......。
僕ね、こんな感じで、人生観や仕事観に関することを人に話すとね、結構な確率でネガティブだって言われるんですね。確かに、自分にはそういった部分は多分に含まれているのは存じておりますよ。けどね、ある種、めちゃめちゃポジティブだと自分では思ってるんですよ。
だって、気持ちの込めれない仕事はしたくないって言ってんですよ? だからそれが出来る環境に身を移しながら生きてるんですよ? それって実は世間一般的にはリスキーな生き方じゃないっすか? それでも、自分のエゴに忠実に生きているってことは、ある種、ポジじゃねーの?って思うわけですよ。
以前、一人だけこの意見にどストライクで賛同してくれた友人がいて、その彼も結構好きなことやって生きているんですけど、そのどれも本気で打ち込むヤツなんです。
そいつと話しててすごく盛り上がったのは、「事故りかけてる子どもや老人(別に誰でもいいけど)を助けて、代わりに自分が死ぬのがベストやんな!」ってことだったんです。それなら、別に今すぐにでもそれが実現できてもいい、って二人で話してて。
え、それがネガだって?
そうかなー!? 一見、仕事観に関する話から飛んだように思うけど、この話って、要は、やり甲斐とか生き甲斐を持たずに生きれないよ、ってことですよ? なんつーか、これから誰かの役に立つかどうか、迷惑をかけないで生きていけるかどうかってことが不安だから、それだったら、誰かのお役に立てた、ってもろに自己満足で満たされた心のままで人生を終えたいって話ですよー?
それでも、ネガ? そうなんだ......まぁいいか。
宗教観とか育った環境とか今の自分を取りまく環境によっても、それって変わってきますよ。
ってゆーか、人間なんてただの動物なんだから、本当はただ旦那や奥様を見つけて、子どもをつくって"子孫繁栄"をまっとうすればいいんだから、僕やその友人みたいに、生きる意味なんてものを模索すること自体が人間のエゴなんだと思うよ、ホント。無宗教なつもりだけど、そんなことを考えている自体、何かの宗教観が根付いているんだろうな。
ただね、話は少し逸れるけど、たぶん仏教の輪廻転生の概念だと思うんだけど(違ってたらごめんなさい)、現世で"ロクな行い"をしていないと、次に生まれ変わるときに人間にはなれないよ、って考え方があるでしょ?
僕はね、ほぼ無宗教だけど、神や仏を信じる心はすごく好きで美しいとも思っているし、僕にそういった考え方があるって教えてくれた人たちのことも好きだけど、その人間に生まれてくるってことが最高にありがたいことなんだ、って考え方自体、地球上に生きている生物にとっては傲慢な考え方じゃねーの?って思ってるんです。そんなだから、自分たち人間が最高!なんて思ってっから、もう自然には回復できないほど地球を破壊しちゃったりするんじゃねーの?って思うわけ。それが"ロクな行い"なのかい?ってね。
ガイア仮説って知ってます?僕もあまり頭がよろしくないんで、簡単に説明致しますと、地球自体がひとつの生命体なんだ、って仮説で、それに沿って言えば、地球にとって、そこに住む人間以外の全ての生き物たちにとって、人間が一番害のある存在なんじゃないの?って思うわけ。技術だけ発達して、人間は傲慢になりすぎたんじゃないの。天国へ行けることを最終目標としているようなファンダメンタルなキリスト教信者みたいなのは別として、いろんな神や仏を崇める人たちの意見が聞いてみたいところ。"ロクな生き方"って何すか?ってね。本当、バカにしてるんじゃなくてね。
で、何でこんな意味わかんないことを書くんじゃい、って思われるだろうけど、僕が言いたかったのは、僕の中に少なからず宗教観が根付いているとは言え、生まれ変わったときのためだとか、死んだら天国へ行くためだとか、そんな理由で誰かの役に立ちたいとか思っているんじゃなくて、ただただ自己満足のために、死際にニタッと笑って死ねるように、ってことなんです。
P.S.
牛さん、豚さん、鳥さん、魚さん、植物さん、いつもおいしく召し上がらせて頂いています。アナタたちの命を無駄にしないよう、極力無駄のないよう生きて行きたいと思います。
Sounds
少し宗教的な話だったということもあるし、いつものBUDDHISTSON/Buddhistsonと、THE STARTING LINEのKennyをフィーチャーした"Suspension"や
Beatlesのカバー"A Day in the Life"などを追加収録した再発盤も素晴らしいMAE/The Everglowで。
早いとこ、新作も最高だったNOFXのレビューなんかも書ければいいなぁ。
そういや、PUFFYの10周年記念CDの第2弾はTHE OFFSPRINGのDexterが曲を書くとか。本来はBAD RELIGIONやDAMMEDの影響の強いダークなメロディが基本のTHE OFFSPRINGだけど、普段パンクを聴かない人たちでも知っているぐらいにヒットした"Pretty Fly"や"Hit That"みたいな激ポップチューンもあるし、珍しく明るく爽やかなメロディが素晴らしい"Want You Bad"、RANCIDの"Time Bomb"と並び、90年代中期から後期に巻き起こったスカコアブームに火を付けた"What Happened To You?"など、PUFFYのキャラクターにもピッタリ合いそうな曲が用意できそうなんで、めちゃ楽しみっす。
もうすぐゴールデンウィークだ。
しかし、1、2、6日と出勤予定の僕にとっては、そこまでゴールデンなものでもない。みんなが同じ条件なら構わないけど、正社員だけ休みの日なんかがあって、圧倒的に契約社員やアルバイトの方が多い現場で働く者としては、会社の態度には不信感が募る。休日の数やお給料の多い少ないの問題ではなく(なくはないけど......)、従業員に対する気持ちの問題だ。
正社員だけに健康診断を受けさせ、保険に加入させ、有給休暇を与え、土曜出勤の数も少ない......などなど言いたくもない愚痴がつらつらと出てきてしまう。何でも周りのせいにするのは嫌いな自分にとっては、こんなことばかりを考える自分が嫌になる。
また、"デザイン"するということを理解していないスタッフが多すぎるのも、会社に対してすごく不満に思うところだ。
デザインっつーのは、ただビジュアルを作ればいいってもんじゃない。レイアウトされたひとつひとつのパーツの色、形、配置場所、どれにもデザイナーの意図がある。お客さんの意志や、時代性や、機能性などいろんな要素を考慮してデザインされているものなんだ(いや、厳密に言えば、そうでないといけない。だけど、それがなかなか難しくて......)。
それなのに、「このデザインをパクって」なんて、簡単に言えちゃうスタッフなんてクリエイティブな業界から消えてほしい。お客さんに対しても、デザイナーに対しても本当に失礼だ。いいもんなんてできるわけがない。
これに関しては、友達なんかにも昔からよく言われるから、悪気なくこんなことを言っちゃう人は大勢いるんだろう。恐らく「KOZZYなら、イラストレーターとフォトショップをちょっとは使えるみたいだから、これと似たようなもんを作ってもらおう!」ぐらいの気持ちだろう。本当は、あまり良い気持ちではないよ。
本当に、本当に全然レベルは違いますよ、違いますけど、どれだけ失礼な話かって例に挙げると、今の日本のお笑い感を作り上げたダウンタウンに対して、「今、オリエンタルラジオってコンビの『武勇伝』ってネタが流行ってるんで、適当にパクっちゃってくださいよ!」なんて言うのと同じことだと思う。
そりゃあね、デザインにおいて時代性を取り入れていくことは、かなり重要なファクターだと思ってますよ、僕だって。アートじゃないんだから、消費されるように作るのもデザインの役目だと思ってます。
それに、先人たちへのオマージュって意味でも、先人たちの作品のテイストをサンプリングさせてもらって、あえて、周りからは一見パクりだと見えてしまうものを作ることもあるし、そのデザインの発信者の思想への批判の意味を込めてパロディを作ったりすることもある。しかし、それは単にデザインをパクるのとは意味が違う。そこには先人たちへのリスペクトであったり、アンチテーゼだったりと思想が含まれているんだ。
だから、最初から「パクって」って言うのは、「こんなテイストにして」や「こんなビジュアルを参考にして」って言うのと全く意味が違う。そのクリエイターの力量の問題は別として、純粋にものを創ることが好きな人の気持ちへの配慮が無さ過ぎる。僕達はオペレーターじゃないんだ。ナメとんか!って感じ。
なので、例え社員にしてもらって待遇をよくしてあげると言われたとて、僕のフラストレーションは解消されるものじゃないことが、最近わかったんです。例えそれなりの対価を頂けたとしても、こんな会社じゃいい人材なんて育つわけがないので、そういう意味で現在の職場には見切りをつけて、次の職場を探しているところです。
まぁこの会社に来てよかったことは、ダメな製作会社というものを見れたということと、一応これでもWeb製作の実務経験がアリになったんで、どんな職種に就くにしろ、多少有利になったことは間違いないです。やっぱ、能力は大事だよな。
だいぶ、ゴールデンウィークの話から逸れてしまったよ。
で、ゴールデンじゃないにしろ貰えたそれにはそれで、多少問題が出てきたんです。
一応、高校の頃からの友人たちとハイキング的なことをしようというプランがあったのだけど、その話がどうもごちゃごちゃしてきた。面倒臭いな~。
別に友人たちとの間にいざこざがあったわけではないんだけど、どうも計画がうまく進まなくって。
社会人なら当然出てくる時間的な問題の他に、僕はあまり関わりたくない問題が......何て言うの...男女の問題?......みたいな? おぉー、何かこんな風に言うとカッコええやん、ってそんなドラマの三角関係のようなイケてる問題じゃないですから。
単に、参加メンバーのうち、僕を含めての男性陣2人以外の女子参加者のみんなに恋人がいて、どうも、あまりその恋人たちがこのプランをよろしく思っていない、または、よろしく思わないだろうということで、プランを決行するかどうか、または、もっとライトなプランにするかどうかで、話が進まないのである。
僕からすれば当然それは起こりうる問題だと思ってたけどね。一応日帰りのプランだとは言え、ゴールデンウィークなんてどこも道が混んでいるし、それなりの時間を楽しもうと思えば、帰りも遅くなり、結果的には泊まりの旅行ぐらいになるかも知れない。どれだけ男女の仲とは無縁なものだと説明されたとて、そりゃ恋人たちは心配でしょ。
まぁ僕達男性陣を一回見てもらうとわかると思うんですがね~、「あ、こりゃコイツらとは何もねーぞ」って。それか、逆に男性陣に彼女がいる、みんな恋人アリの状況だと心配されないかもね。
本当ね、スミマセン!って話ですよ。僕達がそんなモテない君だから、みんなの幸せな状況に少しでも亀裂を生むようなことになっちゃうんだから。
そんな意味でも、僕は昔から気を遣ってきたんだけどな~、一応。
彼氏に限らず、彼女、旦那、奥さんのいる友達は、もう極論になるんだけど、積極的には誘わないようにしてきた。もし僕が遊びに誘って、何か僕に対して気を遣われて多少なりと無理して参加してもらっても、それが原因でその友達とその友達の大切な人との関係に亀裂が入れば、僕がすごく嫌だし、その友達の大切な人に煙たがられるのも嫌なんだ。何を、世の中をうまく渡っていけない、人間関係を築くのがヘタクソなヤツが、順調に人生を歩めている友達の幸せを少しでも揺るがすことがあるんだ、と思うよ。不器用にしか生きれないなら、せめて周りの人たちの邪魔にはならないように生きていきたいと思うもん。
なので、周りの皆が残らずファミリーを持てて、もう僕が一緒にいる人がいなくなったときは、僕は人知れず自然溢れる離島に移り住み、動物たちと暮らしていこうと思います。そのときはファミリーを持っている友達は絶対に遊びに来ないでください。一人者だけ許可します。
いやね、そりゃ恋人であったり家族であったりを持つ者は持つ者で、一人者たちの気ままなライフスタイルが羨ましいんだろうし、以前のように自由に友達と遊べないことを辛く思うでしょ。でもね、そんなの欲張りってもんですよ! 何よりも得難いものを持ってるんでしょ! それでいいじゃない!
スミマセン、取り乱してしまいました。まぁ何にせよ、僕にとっては、世間の皆のように周りの人たちとの関係をうまく保っていくことがどれだけ難しいことか、また、コイツは本当にややこしいヤツだわ、ということが存分にわかって頂けたでしょう。
それでももう僕は、誘った、誘われてないだの、誰が来るから行く、行かないだの、もう面倒臭いのであります! 何より、僕は自分にもそういった人間のヒガミやネタミの部分が強くあることは知ってますし、自分の中のそういった一面を見たくないがために、男女問わず自由に人を好きになれなかったりするんだと思います!
よって、やっぱり僕は離島でおばぁやおじぃたちと暮らして生きます!
Sounds
離島で暮らすときのBGMはやっぱり、沖縄の島唄かな~。あとは311の『Don't Tread On Me』なんだけど、スミマセン、レビューまだ書いてなかったわ。
ということで、満点の星空の下で聴きたいのは、
- BUDDHISTSON/Buddhistson
の"Falling"です。たぶん、俗世間には戻って来れなくなりますね。
ブディの音楽は、星空でも、海でも、雪景色でも、しっとりした雨でも、ビューティフルな景色が似合うんですね。
Sounds
近頃、まさにこのブログのサブタイトル"音楽とテレビの世界へ今日も現実逃避"の通り、音楽やテレビが自分の一番の友達になっている。
会社の行き帰りは、姉に借りたポータブルプレーヤーで音楽を聴くことによって外界の音をシャットアウトし、週に1~2日の休みには長時間の睡眠以外は、好きな番組か溜まっているビデオを見ている。
前から思っていたことだけど、僕は音楽やテレビから影響を受けることが多い(ちなみに『ちゅらさん』が僕の人生のバイブルです)。
世間一般の人が、他人と接することによって何かを学ぶように、僕は、音楽やテレビからいろんなことを学ぶ。いや、勝手に都合のいいように解釈してるんだ。音楽やテレビは僕を否定しない。それは、僕がそういったものしかチョイスしないからだろうけど。
まぁこんなことを書くと、また、この引き蘢り野郎が! なんて怒られるんで、この問題は置いておくとして、主にどんな番組が僕の相談相手になってくれているのかと言うと、『トップランナー』と『情熱大陸』だ。まぁこれらを見ることは、ここ数年の習慣になっているのだけど、最近特に僕の心のモヤモヤを少しだけ消してくれる人がフィーチャーされることが多かった。
まず、下田昌克さんという絵描きさん。『情熱大陸』で見るまで全く知らなかった人なんだけど、番組中に発する言葉のひとつひとつが、興味深いものだった。まぁこの番組でフィーチャーされるほとんどの人の言葉は魅力的なものなんだけど、なんというか、肩の力の抜けた、頑張り過ぎていない、ピュアな言葉だと思った。
印象的だったのが、絵描きなのに、「絵の書き方がわからなくって、最近になってデッサンの基礎の本を買ってきて読んだ」というようなことを言っていたことと、尼崎で生まれた38歳独身の彼が、「この窓の明かりの数だけの人たちが、皆、自分で電気代やガス代を払う手続きとかを当たり前にできているのがスゲーなぁと思いました」と、上京した当時の気持ちを語っていたこと。
なにか救われたような気分だった。「絵の書き方がわからなくって......」のくだりは、最近、自分の力や才能と、自分のやりたいことの適性に折り合いがつけれそうになくって、これから先のMy Life Storyのペンが進まなかったものとしては、「こんな番組にフィーチャーされる人だって、こんな風に悩んでるんだ」なんて思えた。まぁ次元が違うんだろうけど、頑張ってりゃなんとかなるもんだよな。
「この窓の明かりの数だけの人たちが......」は、これを言っちゃうと、本当にダメな人間なんだと思われるのが怖くてあまり口にしてこなかったことだったので、あぁ僕と同じように思っている大人がいるんだ、なんて本当に自分をわかってくれる友達が見つかったような気分で嬉しかった。
お次の松尾スズキ氏も、そんな風にダメなヤツに勇気を与えてくれることを言っていた。『トップランナー』の、過去に人気の高かった回を再放送するセレクト集みたいなので夜中に放送されていて、たぶん、5年くらい前の回だったと思う。
その中で、彼のモットー(?)みたいな『がんばれません』という言葉に関して彼はこう語っていました。
「日本人は頑張り過ぎるでしょ? だからそんな人たちを見て、自分のことをなんてダメな人間なんだ、って思っちゃうと思うんですけど、僕みたいなダメな人間だって、それなりに頑張っていれば、こうやってエンターテイメントにできるんだ、ってことを伝えたいっていうか......」
みたいなことを。
まぁ彼はごく希な成功例なんだろうけど、誰かと比べるんじゃなくて、自分なりに頑張ればいいじゃん、ってことじゃないのかな。
あと、詳しくは書かないけど、彼が自身の作品の中によく身体障害者を登場させることについて語っていたことは、いろんな人に聞いて欲しいと思った。ダウンタウンの松ちゃんを見てても思うんだけど、本当はこんな人の方が自分以外のものに対しての愛が深いんじゃないの? って思うよ。
次は、リリー・フランキーさん。彼は『トップランナー』と『情熱大陸』の両方でフィーチャーされていて、さすが旬の人って感じ。僕の知っている女性にも彼のファンは多い。
彼は、一応本職はイラストレーターなんだけど、皆さんがご存じの通り、物書きだったり、写真家だったり、表現のフォームを選ばないアーティストだ。言ってしまえば彼は、プロの物書きや写真家ではない。
そんなプロではない人に対して、「プロのイラストレーターなんて誰でも、明日にもなれる。免許なんてないわけだし、自分で「プロのイラストレーターです」と言ってしまえばそれでプロなんです。
大事なのは、プロであることじゃなく、なにを創りたいか、なにを表現したいか、なんです。僕だって、小説を書くプロじゃない。だからこそ、プロじゃない、フェイクにしかできないものが生み出せるんです」みたいなことを言っていたんです。
これはね、美大や専門学校なんかでアカデミックなアートの勉強をしていない、学歴なんかを気にしちゃって、心のどこかにコンプレックスを持っているクリエイターなんかには心強い言葉ですよ。
一応僕は専門学校に通っていたけど、今までやってきた、個人的なフライヤーやステッカーなんかのデザインや、今の仕事であるWeb製作に関する専門的な勉強ってのは、ほとんど授業ではなかったんですよ。アプリのオペレーションスキルに関してはほぼ独学で身につけたし、創ることが好きだから続けて来れたんだけど、やっぱりアートやデザインとなると、どこかでセンスや学歴のない人間が携わってはいけないんじゃないか? という固定観念やコンプレックスもあって、先述した通り、自分の力や才能とやりたい仕事との適性に対して疑問に思うことが多々あるんですよ(実際、デザイナーなんてそんな崇高な仕事じゃないのはわかってますけどね)。
そんな感じで、最近もよく仕事への適性について考えていたんで、それを消し去ってくれるような発言が嬉しかったんですよね。
まぁ彼は、武蔵野美術大学出身ですけど......。
まあね、ここに挙げた3人の方は、口には出さないけど、いろんな努力や苦労もされているだろうし、おまえはこの人たちとは違って才人ではないのだから、もっと頑張れよ! って自分へのツッコミももちろんありますが、やっぱり周りの価値観はある程度無視しててもええよな、って再確認できましたよね。それが良いのか悪いのか......。
※今回ピックした言葉の数々は、KOZZYなりに編集したものですから、実際の発言とは全く一緒じゃないし、僕なりの解釈も多少含まれているんであしからず。
SUPER SUCKER
今年のJリーグは面白い。優勝した去年に引き続き、ガンバ大阪が好調という個人的な理由も含まれているだろうけど、それ以外にもレッズの圧倒的な強さ、今年昇格したチームの頑張り、W杯を目前にした代表候補メンバーの生き残りをかけた戦いなど見所が満載だ。
日本は他の国に比べると圧倒的に野球ファンが多いけど、W杯に日本が出場できるようになってきたこの10年近くは、さすがにW杯が近くなるとサッカー好きと称する人が増えてくる。
それでもいいんだ。ブームが来ると、そりゃ圧倒的に"にわかファン"の数の方が増えるけど、サッカーの魅力に取り憑かれる人だって確実にいる。実際、本当にちょっとづつだけど、学生時代にサッカーをしていたわけでもない人たちの間でもサッカー好きは増えてきているし、海外リーグの情報を取り扱う番組も増えてきた。今年のW杯の結果次第では、さらに日本でのサッカー熱が広まるだろうから、そういう意味でも頑張ってほしいな。
そういや、昨日の『スーパーサッカー』を見ていて、現在はJ2の横浜FCで活躍するキング カズ a.k.a. 三浦知良選手の、途中交代でグラウンドを去る際に、グラウンドに向かって深く一礼する姿にすごく胸を打たれた。
まさに"実るほど 頭をたれる 稲穂かな"だ。
スパルタチームにいた僕も昔は、この『グラウンドに向かって頭を下げる』という、物理的には何の意味もない行為を当然のことのように行っていた。最近はJリーグの試合を見ていても、この行為をする選手はあまりいない。たぶん、昔はしていたのだろうけど。
よく、どんなスポーツの選手でもそうだけど、選手としての適齢を越えた選手が、戦力外通告だの相次ぐ怪我だの辛い状況にありながらも、現役を続ける様を見て、「諦めが悪い」だとか「引き際が悪い」みたいなことを口にする人がいる。過去に大活躍した選手であるほど、そんな風に言われる傾向は強い。
それは、僕の好きな人たちの口からも聞くことはあるし、僕にも全くわからない意見ではない。
だけど、カズのように、謙虚に、ただずっとそれが好きという理由で続けている人のことを、どうして周りの人間がそんな風に言えるんだ、とはずっと思ってきた。少なくとも、僕には彼のようにはできないからさ。
僕なんかが言えることじゃないけど、頑張ってくださいよ、キング カズさん。あなたがこの国で蒔いた種が、世界中で花を咲かせる日はそう遠くないですよ。
Sounds
PUNKSPRINGでMXPXの最高のライブパフォーマンスを見て、アメリカの3ピースのバンドはやっぱ違うわ~、なんて思ってた。GREEN DAYとか本当凄いもんね。
- GREEN DAY/Nimrod, Warning
- BUDDHISTSON/Buddhistson
- MAE/全作品
大ヒットしたGreen Day初のアイリッシュ調ナンバー"Minority"を収録したメジャー4枚目のアルバム。今作の収録曲のほとんどを占める、その何とも形容しがたいミドルテンポでアコースティックで温かい新型パンクロックたちは、賛否両論を巻き起こした。
リリース当時に彼等は、「パンクには2つのタイプがあると思う。一つは、ずっと同じようなサウンドをやり続ける(RAMONESのような)タイプ。もう一つは、常に進化し続けるタイプ。俺たちは後者を選んだんだ」みたいなことを言っていた。RAMONESを敬愛している彼等だけど(カバーもしてるしね)、彼等は彼等の道を選んだ。まさにジョー・ストラマーの名言"Punk is attitude, not style"を体現してみせたってわけだ。パンクってもんは、サウンドやファッションスタイルじゃなく、姿勢なんだよ、っちゅーことでしょ。
まぁそうは言ったって、やっぱり元気一杯のGreen Dayが大好きなキッズが暴れるためのBGMとしては、少々物足りなかったのかも知れないなぁとは思う。
しかし、スピードが落ちている分、彼等のソングライティング力の素晴らしさを実感できるし、パンクロックしか知らないキッズにとっては、音楽的な幅や、パンクの概念を広げられるいいチャンスになると思う。
一度じっくり聴いてみて。"Church On Sunday", "Castaway", "Deadbeat Holiday", "Waiting", "Macy's Day Parade"などなど、名曲だらけなんですよ。
メジャー3枚目のアルバム。90年代のロックの超名盤でしょう。メロディックなパンクが好きな人で今作が嫌いな人はいないんじゃないでしょうか?
僕個人的には、彼等の大出世作の"Dookie"はアルバムとしてはハマりきらなかったけど、このアルバムは全体を通して聴けるので、彼等の作品の中では一番好きかも。
いつも、メロディックで元気一杯なパンクバンドの代名詞のように扱われている彼等だけど、今作を聴けば、パワーポップ、ハードコアパンク、フォーク、ロカビリー、カントリーなど、凡百のパンクバンドとは違う、音楽的バックグラウンドの広さが伝わってきますよ。
彼等の素晴らしすぎるライブの最後を飾ることの多い超名曲"Good Riddance (Time Of Your Life)"は、マジ泣けます。


















