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MY ROOM IS MY WORLD | 2006 July
いや~、楽しかったFUJI ROCK。めちゃめちゃ疲れたけど。
10周年を迎えるこのフェスに参加したのは今回で2回目なんだけど、やっぱり今までに見たどのライブ、イベント、フェスとも異質のものだわ。『お金を払って見る』ってんじゃなくて、『共同出資してアーティストもオーディエンスも一緒に楽しむ』みたいな感覚。言い過ぎだと思われるかも知れないけど、例えば関西から参加するとしたら、チケット、宿代、交通費、その他諸々で、合計8~10万ぐらいは費用がかかるだろうと思われるこのフェスに、毎年のように参加している人がいるってことは、そういうある種の一体感みたいなものを感じているからだと思うんですよね。大自然の中で音楽を楽しみながらそれらを通して、みんなでエコやピースについても考える。アーティストの曲の歌詞に直接そんなメッセージが含まれているわけではないけど、大自然の中で良い音楽を聴いて、笑って、踊って、みんながそのイベントを来年も続けれるように、笑って、踊り続けられるようにするにはどうすべきかを考えたとき、エコやピースについて考えるということは(大小の差はあれど)誰の心にも生まれる自然なことだと思いますね。そこに、主催者側のちょっとした提案が加わるぐらい。あとは個人個人がこれからそれらとどう向き合うかですね。
最近『夏フェス』という言葉が、普段、そこまでコアに音楽を聴いているわけじゃない人たちの間でも話題にのぼるようになり、SUMMER SONICなんかの都市型フェスにはそんな人たちも来るようにまでなり、日本でもやっとミュージックフェスティバルが浸透したように思います。そんな夏フェスの元祖として取り上げられることの多いFUJI ROCKですが、それ以外の後発のフェスとは根底にあるものが違うような気がします。その違いってのは一言で言い表せるものじゃなくて、だからこそ、ジャンルにとらわれず本当に音楽が好きな人、エコやピースについて興味のある人なんかは是非参加してみてほしいですね。
僕はね、もう初日の早い段階で、このフェスに来て良かった~、って思えたんですよね。
FUJI ROCKの初日、新潟の苗場にある会場に着いたとき、既にグリーンステージ(一番大きなステージ)では、このステージの一番目のバンド、THE STRING CHEESE INCIDENTのライブが始まっていて、オーディエンスもアガっているし、それを見て、あぁ本当にFUJIに来たんだなぁ、とまず実感したんですよね。そうやって5年ぶりの苗場の雰囲気に浸っているうちに、次のバンド、FLOGGING MOLLYのステージが始まりました。
凄かったなぁ、あの光景は。アイルランドの伝統的な民族音楽と、イギリスのパンクロックを混ぜ合わせた音楽を、アメリカのバンドが演奏している。僕の目の前には、肌が黄色い人、白い人、黒い人がいて、みんな笑顔で踊って、暴れて、遠巻きにステージを見ていた人たちも、音につられてモッシュピットまで急いで走ってくる。そして、その中には恐らくキリスト教徒もいて、仏教徒もいて、そうじゃない人もいて。まさにNo wall between the music=音楽に壁は無い、ですよね。
で、これでいいんじゃん、って思ったんですよね。銃やミサイルが必要なの?ってさ。もうね、フェス初日の2バンド目にして、あぁこのフェスに来て良かったぁ、って思えましたね。なけなしのお金をはたいて、はるばる新潟の山奥まで来た甲斐があったと。涙が出たね、マジで。
そこから最終日までに観たどのバンドも、どのオーディエンスも本当に素晴らしかった。FUJI ROCKに来ている人のほとんどは本当に音楽が好きで、例えばサウンドスタイルがロックじゃない、テクノ、ハウス、ヒップホップだって、曖昧な言葉だけれどそれが"ロック"だと感じれるような音楽なら何でもOKなんですよね。素晴らしい。
ちなみに時間の都合で1曲だけしか見れなかったり、偶然通りがかって観たバンドなんかも含めて、観たバンドを全て挙げると、
- 一日目
-
- THE STRING CHEESE INCIDENT
- FLOGGING MOLLY
- A HUNDRED BIRDS ORCHESTRA
- ATMOSPHERE
- ASIAN KUNG-FU GENERATION
- DIRTY PRETTY THINGS
- JET
- FRANZ FERDINAND
- AFRA & INCREDIBLE BEATBOX BAND
- TUCKER
- 二日目
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- ザ・キングトーンズ featuring ジミー入枝&ナンシー
- THE HIVES
- KEN YOKOYAMA(健ちゃん最高! 次はHi-STANDARDで!)
- SONIC YOUTH
- 電気グルーヴ
- RED HOT CHILI PEPPERRS
- 三日目
-
- KT TUNSTALL
- Rinocerose
- BROKEN SOCIAL SCENE
- JASON MRAZ
- THE RACONTEURS
- THE STROKES
です。
ベストアクトは......TUCKER!! この人凄過ぎ! ちなみに日本人です。 ジャンル? わかんない! とにかく熱い! 実際楽器に火ついてるし! 夜の11:30からのステージだったんだけど、疲れきっているはずのオーディエンスもかなりアガってて、TUCKERのパフォーマンスが終わった後、みんな口々に言ってましたもん、「スゲー!!」「なんや、アイツは!?」とか「あの子、どこの事務所や!?」とか。最後のはウソ......。とにかくビビってた。その後の、BIRDY NAM NAMっていうたぶんめちゃめちゃすごいターンテーブリスト・チームのパフォーマンスだったんだけど、AFRA & INCREDIBLE BEATBOX BAND~TUCKERの超最高の流れでライブを楽しんだオーディエンスは一気に会場を後にしましたからね。BIRDY NAM NAMはちょっと可哀想だったな。あの素晴らしい流れのライブを観た、海外のバンド、関係者、オーディエンスはたぶんビビっただろうね。Oh~! ニッポンジンスゴイネ~、って。日本のバンド、全然負けてないよ!そう、日本人はみんな器用なんだよ。日本が世界に誇れる部分なんだわ。AFRA & INCREDIBLE BEATBOX BANDや同日WHITE STAGEに出演していたA HUNDRED BIRDS ORCHESTRAなんて既に海外でも評価されているようだし、何よりみんな大阪や関西の人たちだからね~。嬉しいね~。
こんな感じで、本当楽しかった。ただ、良いことばかり書いたけど、やっぱり参加者全員がエコやピースについて共通の意識を持ててたか? という部分では、やっぱりそうはうまくいってないようで。そりゃSUMMER SONICのオーディエンスのそれと比べると遥かに上を行くものだけど。
僕個人的には、やっぱり意識の低い喫煙者のマナーは気になるな。僕は、タバコは吸ったことはあるけど、継続的に吸うという意味で喫煙者にはなったことがない。だけど、マナーの悪い喫煙者に対しての気持ちや、ほんの少しの嫌悪感もあまり口にしないようにしている、これでもね。みんな気を遣うだろうからさ。
だけど、こういった長年エコやピースについて問題提起してきたフェスに参加しているときぐらいは、意識を高く持ってほしいと思うから、いつもの数倍はそういう人たちに対しての嫌悪感が増す。
モッシュピットのような密集地帯でタバコをくわえていたり、手に持っている人。本当に危ない。煙の逃げ場もない。少なくとも、他の人の健康を害しているという意識だけはなくさないでほしい。そして吸い殻やパッケージのゴミをその場に捨てる人。自分の家の庭でも同じことが出来るのか? 人の土地なら良いのか? 普段よく思うことですね。 最近テレビなんかで愛煙家による、自分達愛煙家の立場が世界的に悪くなっているという、いかにも被害者のような発言をよく耳にするけど、最低限のルールだけは守ってそういう発言をしてほしい。
僕の友人、特に地元の友達の喫煙率は非常に高くて、こんなことを言うと、気を遣って僕の前では吸わなかったりされるし、これだけの歳になった人たちにそんなことも言いたくないので、かなり意識してそういった気持ちを前面に押し出すことはしてこなかったけど、やっぱりああいったフェスで、あんな状況を見てしまうと言いたくなりました。
タバコなんて、大抵の場合、中学や高校時代にファッションとして、カッコいいと思って始めたわけでしょ。やっちゃいけないことをやっているという感覚が楽しいし、カッコいいんだと思って。その頃のその気持ちはすごくわかるけどね、僕だって。だけど、この歳になると、携帯灰皿を持っていたり、吸う場所をわきまえた喫煙者の方が、断然カッコよく見えるけどね。少なくとも僕には。自由には責任が伴うということだと思う。
まぁこんな風に、僕が個人的に目についた問題だけ書いたけれど、他にもいろいろフェスを通して問題提起され、考えさせられることはたくさんあって。特にエコに関しては、フェスが終わって、各々が自分の生活に戻ってから、考え、行動しなくちゃいけないことがたくさんあって、それも含めてFUJI ROCKなのかと。『お家に帰るまでが遠足ですよ』より大きな意識ですよ。僕も個人的に生活をする上で反省しなくちゃいけないことがたくさん見つかりましたね。
そういった、良い面、悪い面を含め、FUJI ROCKというフェスに参加することは、これからの仕事にも私生活にもすごくプラスになるものだと思いました。というか再認識しました。強引なお誘いThanxxx, 2daaaaan!!
やっぱ、FUJI ROCKに参加できるだけの費用が捻出できるだけのお給料、参加できるだけの休暇のもらえる職場がいいよな~。一年の間でこんなに楽しいことがひとつもできないなら、なんのために働いているのかわからなくなっちゃうよ~。
FUJI ROCK参戦でたぶん更新できないんで、ちょっとでも書いておこう。
FUJI ROCKに誘ってくれた友人がFUJI ROCK参戦中の29日に28歳の誕生日を迎える。最近会うたびに、もう28歳やで~、どうする~? なんて言ってやるんだけど、そんなこと言っている自分だって、その約2ヶ月後には28歳になる。とくに27が28になったからって自分の中では何も変わりやしないし、周りからの印象もさほど違わないのだろう。
それならば、なぜ僕達は歳をとることに(個人個人で大小の違いはあれど)ネガティブな印象を持つのだろう?過去の自分が想像した未来の自分、つまり現在の自分との差に落胆しているのだろうか? 順調にステップアップしてきた人でもそう思うのだろうか?男性と女性ではそれの持つ重要性は違うのだろうか? 一言では言えないし、それぞれの理由があるんだろうけどね。全くネガティブなことだと思っていない人もいるだろうし。
僕自身は、自分の成長課程に対してある程度の満足している部分と、後悔はしていないけど反省すべき点はたくさんある。しかし、それらはこれからでも修正していくことはできるし、それが歳を重ねることの楽しさでもあると思う。何かを始めるのに遅すぎることなんてない。躊躇している間に時間は過ぎていくんだ。この歳になっても新しい友達はできるし、新しい夢を見つけることだってできる。
最近、同年代の知人たちがそれぞれの道へ進み始めている。そして、昔からずっと同じ道を進み続けている人もいる。それも間違いじゃない。要は、自分で選んだ道かどうか、そして進んでいるかどうかだと思う。途中で止まってもいいし、迷ってもいい。人がどの道をどんなスピードで進んでいるかは関係ない。
やはり、ネガティブな要素をなくすためには"後悔しない"ってことが一番の方法なのかも。今さらな答えだけどね。
最近さぁ、いや、ずっとそうなのかも知れないけど、人が人を殺しすぎじゃないでしょうか。血が繋がっているとか繋がっていないとか関係なく。陸上自衛隊が撤退したしたサマワでは、今なお当たり前のようにテロによる殺し合いは続いているし、ご近所の国はガンガンミサイル飛ばしてるし。
何か悲しいね。
先日、仲の良い友人たちとのお酒の席で、女子グループがこんなことを言っていました。
- 「○○歳にもなって、△△していない、もしくは、△△したことがない人なんて、絶対性格に問題があるに決まっている」
- 「××を残さないなんて生物として間違っている」
- 「惨じめだ」
- 「絶対にそうはなりたくない」
- 「親不孝だ」
などなど言ってました。
一応僕は、
「もし本人の意志でそうした道を選んだのなら、なぜ、周りの人間が勝手に可哀想だとか、惨じめだとか決めつけるのか?」
と、異論を唱えてみましたが、コイツはいつもマイノリティな立場でリベラルぶった意見を言うヤツだ、と言わんばかりに相手にされませんでした。
まぁそんなことはよくあることで、いつも僕の意見なんて「なんやまた難しいこと言いよるわ」的な感じで流されることも多いし、ややこしいヤツだということを自覚している僕は、俺の意見はあくまで俺個人の考えなんで決して一般的と思わないでくれ、と了承を得てから意見を述べることも多いので、今回のことでも大した敗北感もありませんが。
しかし、最近、女性の生物としての強さに驚くことが多かったのですが、その反面、そういった△△に関する世間体というものが彼女たちの人生にも多大に影響を与えていることにも驚きました。ここ数年、日本でも『アリー・my・ラブ』や『セックス・アンド・ザ・シティ』のような、ちょっと前のアメリカにおけるフェミニズム的思想を反映したようなドラマが人気だったこともあって、今さらながら日本にもそういった考え方が一つの思想として定着してきたのかと思っていたところなんで、なおさら驚きです。
少し前にこの場で書いた、『ジェノサイドの丘』の一文「我々はみな、ひとりひとりが、自分が自分のあり方として想像したもの、そして相手から想像されたものとして存在している。」を思い出しました。人から幸せだと思われるような状況に身を置くことが自分の幸せなのだとしたら、それはまさに"相手から想像されたものとして存在している"ということだと思います。別に否定はしませんよ。世の中の人の大半がそうなのだろうし、僕にもそういった部分は絶対ある。そのときにも書いたように、完全にアナーキーになりきれないんです。世間の評価と無関係に生きるというのはなかなかできるものじゃない。
以前、森喜朗元首相も「××を一人も残さない女性が、年とって税金で面倒みなさいというのはおかしい」と言ってました。それを聞いたときは本当に呆気にとられてしまいました。しかし、友達の言う「生物として間違っている」というのも、あながち間違った意見だと思えず、それを考え出すと、"人間"とはなんぞや?というまたまた犯罪的なイマジネーションを遺憾無く発揮してしまいそうになったので、途中で考えるのを止めました。
まぁ女性に限らず、もちろん僕みたいな人間だって、はたして生物として正しい生き方をしているかは疑問ですよね。というより、これだけ同じ地球("ホシ"と読む)に住む生物たちの権限を無視して生きてきた人間が、そこだけは生物として全うすべき行為なのかも疑問です。親が子に手をかけ、子が親に手をかけるニュースが飛び交うこのご時世に。やっぱり人間は、他の生物とは違って特別な生き物なのでしょうか。多くの宗教ではそう捉えられているみたいですが、ガイア説に則って考えると、人間なんて......はい、止めときまーす。
とにかく、今生きている命、そしてこれから生まれてくる命を大切にしましょう......なんじゃそりゃ。
前回、自分の中での「仕事って何だろう?会社って何だろう?雇用形態って何だろう?」の疑問に対してある決断をしました、って書いたことが、非常に思わせぶりな言い回しだったようで、読んでくれた方々にいろいろ興味を持たせてしまったみたいです。すみません。そんな大したことでもなく、あぁやっぱり、なんて思う方も大勢いらっしゃるかと思いますが......
わたくし、今の職場に契約社員として努めておりましたが、この度、正社員に......じゃなく、契約を更新しないことに致しました。8月末まで今努める会社での仕事は終了です。
まぁ理由としましては、やっぱり、仕事と待遇、どちらにおいてもわたくしの中で、とても妥協できるレベルに達していなかったということでしょうか。何を、おまえレベルのクリエイティビティで文句言ってんじゃい!!とお思いの方も大勢いらっしゃるかと思いますが、僕は、自分の力を大きくも小さくも評価しているつもりはございません。素直に自分の『仕事とは......』『会社とは......』『上司とは......』そして、『デザインとは......』を信じたとき、「ここは僕の居る場所ではない」と感じただけです。ただ、それらの概念、定義がどうやっても会社のそれとは平行線を辿るのみだと悟ったからです。だから、彼等には彼等のやり方で続けてもらえばいいですし、また、その場所で続けていく現在の仲間たちには、是非とも、それぞれが思う"成功"を手にしてほしいものです。
いきなり話は逸れますが、絶対にここに書き残しておきたかった僕の中の大きな事件として"ヒデの現役引退"がありました。本当に衝撃的だった、このニュースは。まだまだずっと前を走っていて欲しかった人が急にいなくなった。本当に、自分の身近にいる尊敬する人が急にいなくなった感覚でしたね。
Jリーグでデビューしたときには既に彼のことは知っていたし(そのときはここまでの存在になるとは思わなかったけど)、今まで彼の選手として、人間としての変貌・成長をずっと見てきたつもり。もちろんメディアを通してではあるけれど。
彼の存在がサッカー界や各メディアで大きくなっていくにつれ、一目に無機質だと感じられるような態度を彼はとるようになっていったけど、僕は彼のプレーを見ていて、彼は絶対にそんな人じゃない、人一倍、サッカーやファン、人に対してLOVEのある人だと思っていた。自分に厳しく、自分の愛するものに対して純粋な人なんだと思っていた。だから、そうできない人たちへの接し方もわからなかったし、愛するものへの気持ちを隠さざる得なくなるマスコミの性質を嫌悪していたんだと思います。
そんな風に思っていたから、彼のサッカーやファンに対する大きな愛情を綴ったあのメールを読んだとき、マジで泣きしましたよ。やっぱりそうだったんだ、って。会社で読まなくて本当よかったですよ(アクセスが集中して読めなかったんだけど)。
でさ、あのメールを読んだ人はわかると思うんですけど、『みんなからのmailをすべて読んで、俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。』って書いてましたよね。これってちょっと凄いと思う。そりゃあ、インタビューやあの引退表明を書き記した『nakata.net』なんかで、言葉や文字として彼のメッセージを受け取ることはできただろうけど、恐らく、彼のプロサッカー選手になってからの一貫した姿勢、そしてそれを体現してみせたワールドカップ3試合での孤軍奮闘のプレーを見て、多くの人が何かある程度共通するメッセージを受け取ったんだと思うんですよ。くっさい言い方をすると、プレーで生き様を見せたんですよ、彼は。そうそうできるもんじゃない。
で、僕だって、恐らくみんなとそう変わらないであろうメッセージを受け取ったんです、彼のプレーする姿から。あぁやっぱりあの人が伝えたかったのはこれなのか、と再確認させられるものだったんですよ。
で、話は戻るけど、そう考えるとやっぱり僕は、今の場所にずっと居るわけにはいかないんですよ。今回のヒデの件と、僕が今の場所を離れることを決めたことはほぼ無関係ですけど、いろんな大切なことを思い出せてもらったというか、再確認させてもらったんですよね。
僕はね、人とぶつかるのが大嫌いなんですよ。先述した通り、几帳面な性格だからだと思うんですけど、クラスや職場でも小さいながらもリーダー的な役割を任せられることがあるんですよ、こんな僕でもね。でもね、ぶつかるのが嫌いだから、怒れないんですよね。だから、ただの優しいリーダーや先輩にはなれるかも知れないけど、良いリーダーや上司にはなれない。それは、ずっと以前から思ってたこと。
やっぱり、年齢や経験、実力なんかに合わせた、『ポスト』というと嫌な言い方かも知れないけれど、役割ってものがあると思うんです。で、それはやはり自分の気持ちに少し反してでも担わないといけないものだと思うんですよ、ある程度の規模のチームに属していくなら、なおのこと。自分の経験や知識を若い子たちに伝えていかないと、チームとして成長しないと思うんですよ。例え、自分がいずれその場所から旅立つことがわかっている場合でも、その場所はずっとそこにあり、そこで生きていく人たちがいるんです。いなくなった時点で自分とは無関係だと感じれてしまうような人との関わり方をしてきたとするなら、それは非常に寂しいことだと思います。
自分は作業だけをするのが好きだからだとか、部下を怒ったりするのは苦手だからだとか、仕事はお金を稼ぐ手段なだけだからなるべくストレスを背負いたくないだとか、そんな理由でポストを担わない人もたくさんいて、その気持ちもすごくよくわかるんですよね。僕なんて、今のところ断然そっち派ですもん。
だけど、エゴかも知れないけど、自分よりまだ経験の浅い子に、教えてあげたいこともたくさんあるんですよ。そんなとき、自分がその教えたい、伝えたいことを体現できていなかったら、もしくは体現しようと努力していなかったら、全然説得力がないじゃないですか。それは、後輩だけじゃなくて、同僚だって、先輩だって、上司にだって同じことだと思うんですよ。自分の伝えたいことが間違っているかも知れないけれど、筋の通らないことはしたくない、言いたくない。馴れ合いの中では、良い関係も、良いものも生まれるとは思えない。そういったことも、ヒデからのメッセージによって再確認できたことだと思います。
こんな青臭いことばっか言ってるけど、もちろん全然実行はできていませんよ。今回、契約を更新しないのだって、不満な点があるなら自分が率先して、意見し、行動し、"チーム"を改善していけばいいし、どこにだってそんな状況はあるんですよね。それはわかっているんです。だけど、やっぱり今のチームの状況を改善することに労力を費やすのは、今僕の欲しい力を手に入れるのに良い練習だとはとても思えないし、改善できるという希望も見出せないんです、あのチーム=会社には。というか、僕の力には。たぶん"成功"の意味も違いすぎるしね。
今の会社での収穫
デザインにおいて、DTPの経験は本当に大きいということに気づけたこと。印刷会社でのDTPオペレーターの仕事では、デザイナーからの指示に基づきレイアウトの作業を重ねていくことで、整列、反復、近接、コントラスト、色、文字組みなど、Webでは軽んじられることの多い要素を徹底して学ぶことができ、今の会社でWebデザインしかしたことのない人の創作物を見て、それらのデザインにおいての重要性、そして自分にはそれが知らぬ間に染み付いていることに初めて気がつきました。それは以前の会社での、上司、先輩からの厳しい指導があったからだと思います。そして、それが会社の姿勢でもありました。ストレスフルな環境ながらも良いチームにいたんだ、と実感しました。
これを読んでくれた元チームメイトの方々で、まだそこに在籍してらっしゃる方々、是非僕がこんなことを言っていましたと朝礼のネタにでも使ってくださいよ。以前この会社にいたKOZZYは、「ここで学んだ伝統的な組版や規律ってのは、一見地味で保守的なものかも知れないけど、今後、クリエイティブな業界で生きていく上で大きな力になる」と言ってましたよ、と。幹部を図に乗らす可能性もありますが。
そんな以前の会社での経験もあっただけに、今の会社に来て、こんな製作会社が存在するということ、また、それでもある程度の利益をあげているということを知ったことも、逆に勉強になりましたね。
クリエイションにおいては共有できる意識を持った人にはあまり出会えなかったけど、いい人にはたくさん出会えたこと。チームの先輩には、会社の姿勢に馴染めない僕の気持ちを察してもらい、いろいろと気を遣って頂きました。申し訳ないっす。
そして、自分の仕事に対する考え方を再認識できたこと。過去のブログを読み返すと、少し、疲弊していた仕事観が読み取れます。頑張り過ぎず、ゆる~く仕事をする。今でも間違った生き方だとは思いません。仕事だけが人生じゃないし、家族を持つだけが人生だとも思わない。何回も書いているかも知れないけど、肩の力を抜くことと、手を抜くことは違うと思っています。ハードに仕事しようが、ソフトに仕事しようが、不誠実なことだけはしたくないです。上司、先輩、同僚、後輩、取引先、ライバル会社、お客さま、どれをとっても人と人との繋がりの中で生きているんですから。
そんなことを再認識できたのは、大きな収穫ですね。
僕も、大きさは違えど、ヒデのように今まで大事なことはほとんど自分で決めてきました。だから後悔していることは全くないです。これからもなんとかなるでしょ。なんくるないさ~。
え、結婚? 何それ? 僕知らな~い!
ここ3日ほど、自宅のPCでネットが繋がりません。そのうち直る(自然治癒?できる)だろうと思っていたんですが、一向に直る気配がなく、今朝プロバイダであるGyao光のサポートセンターに電話したんですが、「もうしばらくそのままお待ち下さい。」という音声対応を30分聞かされ、あえなく出勤時間となりタイムオーバーとなる始末。shit!
何が困るかと言うと、メール関係。Webメールだと会社のPCからでもチェックできるんですけど、うちの会社のマシンはmixiにアクセスできない(できないようにしてる)んで、mixi経由のメールをチェックできないんです。Webメールをチェックしたところ、何人かの方からmixi経由でメールを頂いているみたいなんですけど、まだチェックできていません。
Sorry!
復旧次第、またはどこかの環境でチェックでき次第ご返信致します!
















