FUJI ROCK参戦でたぶん更新できないんで、ちょっとでも書いておこう。
FUJI ROCKに誘ってくれた友人がFUJI ROCK参戦中の29日に28歳の誕生日を迎える。最近会うたびに、もう28歳やで~、どうする~? なんて言ってやるんだけど、そんなこと言っている自分だって、その約2ヶ月後には28歳になる。とくに27が28になったからって自分の中では何も変わりやしないし、周りからの印象もさほど違わないのだろう。
それならば、なぜ僕達は歳をとることに(個人個人で大小の違いはあれど)ネガティブな印象を持つのだろう?過去の自分が想像した未来の自分、つまり現在の自分との差に落胆しているのだろうか? 順調にステップアップしてきた人でもそう思うのだろうか?男性と女性ではそれの持つ重要性は違うのだろうか? 一言では言えないし、それぞれの理由があるんだろうけどね。全くネガティブなことだと思っていない人もいるだろうし。
僕自身は、自分の成長課程に対してある程度の満足している部分と、後悔はしていないけど反省すべき点はたくさんある。しかし、それらはこれからでも修正していくことはできるし、それが歳を重ねることの楽しさでもあると思う。何かを始めるのに遅すぎることなんてない。躊躇している間に時間は過ぎていくんだ。この歳になっても新しい友達はできるし、新しい夢を見つけることだってできる。
最近、同年代の知人たちがそれぞれの道へ進み始めている。そして、昔からずっと同じ道を進み続けている人もいる。それも間違いじゃない。要は、自分で選んだ道かどうか、そして進んでいるかどうかだと思う。途中で止まってもいいし、迷ってもいい。人がどの道をどんなスピードで進んでいるかは関係ない。
やはり、ネガティブな要素をなくすためには"後悔しない"ってことが一番の方法なのかも。今さらな答えだけどね。
最近さぁ、いや、ずっとそうなのかも知れないけど、人が人を殺しすぎじゃないでしょうか。血が繋がっているとか繋がっていないとか関係なく。陸上自衛隊が撤退したしたサマワでは、今なお当たり前のようにテロによる殺し合いは続いているし、ご近所の国はガンガンミサイル飛ばしてるし。
何か悲しいね。
コメント
says
レッチリ、すっっっごい人気でしたー。やっぱ貫禄あるわ。
そうやね、物理的にも社会的にもいろいろ制限が増えるのぉ。
だからさ、よく、「あぁ何歳ときに、○○やっとけばよかったー」なんて言う人いるじゃん?俺も言ったことあるし。それをなるべく少なくすることが、『老い』をポジティブに捉える方法のひとつなんじゃないかと。
っつーことは、今できる、今やりたいことを積極的にこなしていくことが、後々の後悔を少なくし、『老い』に伴ったかたちで『成長』という成果も得られるのではないかと。
チーのように、いくつになってもやりたいことが湧いてくるってのは、『老い』に対する一番の薬なんじゃないかと思うけどね。目的なく、働いて、食事して、寝て、ってどうなのよ? って思うじゃんね。













チー says
チーもフジ行きたかった…。えーん。ミュージックステーションでレッチリを見たのみやわ。
なぜ年をとるのが憂鬱か?
それはやりたいことが制限されていくし、難しくなっていくからやなぁ。
何歳になっても好きなことできるってゆっても物理的に無理なことが増えていくしさぁ。人性短いからやりたいこと全部やるのは無理やけどひとつでも多くといつも思うので、私は欲深いなぁと思います。
12:23 PM - July 30, 2006 返信