ちょうど一週間前、副社長から言われました。
「大阪のスタッフは東京へ来てください」
と。
一瞬、「えっ」と思ったけど、瞬時にその意味を悟りました。
大阪事務所は4月末を持ってクローズしますので、一週間の猶予の間に辞令をのむか考えておいてほしいとのことです。
それだけの猶予期間でいったいどれだけの人間が生活の拠点を移す判断ができるのでしょうか。だってな~んにも準備してませんよ。
僕がすぐにその状況を理解できたのは、ある程度会社の状況を知っていたからです。キャッシュフローの問題です。すなわちこの辞令はスタッフをふるいにかけるものです。異動命令という正攻法の手段で。
僕の勤める会社は、大阪が制作、東京が営業・ディレクションという形態で仕事をしていて、割合では制作チームである大阪スタッフが7割くらいを占めています。そりゃコストを削るなら大阪スタッフだ。
ただ解雇ではなく異動命令だったことから、制作スタッフが要らないわけじゃないということがわかる。「東京だろうがどこだろうが行ってやろうやん」っていう何人かなら継続して働いてもらえますってこと。そもそも大阪の制作スタッフ全員に来られたら、このドラスティックな大英断の意味がない。キャッシュがまわってなくてこうなったんだから。
しかし、今までのうちの制作のノウハウや案件の詳細を知っているスタッフは何人か欲しい。僕自身、この会社ではみんなと一緒に他社ではそうそうない数々のノウハウを貯めてきた自負がある。それを捨てるのはあまりにもったいない。
また制作スタッフを切った分、内製でこなしてきた仕事を単純に外注に回せばいいって話ではないのは明らかだ。僕らしかできないことがたくさんある。
さてどうする?何も知らなかったみんなにとっちゃかなり急な話だ。生活もある。会社への不信感もかなりのものだ。怒りもこみあげてくる。
こんなとき、自分の夢や目標、またはそれをブレイクダウンすることで導きだされるキャリアパスを見つめ直して、次にすべきことを冷静に判断できるだろうか。
やっぱりそれは難しいよな。特に年齢や経験が若ければ。
僕だって一週間いろいろなことを考えて今日答えを出した。
会社を辞めます。
だけど3ヶ月間は東京で働きます。
ちょっとややこしい状況ですね。
もうちょっと細かく書くと、制作スタッフを切ったこの会社は、これからしばらく体制が整うまでは、ほとんどの案件を外注で処理して自社でのクリエイションは行えない状況になる。それは今の自分を成長させるにはそぐわない場所と僕は判断して、会社を辞めることにした。
ただ、東京に来きてくれないか、と僕を求めてくれている人たちがいる。
そして、こんな状況になったのは僕たちの力が足りなかったことも関係ないとは言えない。「船が傾きました」「あ、じゃあ僕は救命ボートであっちに行きます」とは、なぜか後ろめたさが残って言いづらい。
そして最大の理由は、この事態を経験値として得ておきたかった。会社の大ピンチ。東京で暮らす、働く。なかなか体験できないことじゃないですか。
一週間散々悩んで、その間に金銭的に考慮すべき点も全てクリアーになって、自分がフラットになったとき、やっと判断できました。
すぐに辞めるか、3ヶ月は東京に行ってみるか。さて、どっちが得難いものなのか?
僕はね。このまま辞めて、しばらく休憩して、また就職ってのも全然ありなんです。充実させる自信もある。溜まりに溜まってる本も読めるし、DVDも観れる。勉強もたっぷりできて、作品も作れる。
だけどさ、それって東京でやることやって、ついでにいろいろ初体験してきてからでもできんじゃね?って思ってね。
やっぱりさ、今回の会社の判断に対するネガティブな感情もすっごく小さいけどあったし、東京へ行くのも面倒だしなぁって思ったんだけど、こんなときはちょっと嫌だと思ってる方、避けたいなぁって思ってる方に向かう方が、あとあと後悔しなくて済むことが僕の経験では多い。自分の逃げ癖、精神的な弱さを嫌というほど知ってるからだ。
自分で思ってる限界は、たぶん限界じゃない。こんなとき、誰かの起こした波にそのまま乗っかってって、自分の思ってたより先へ行くんだ。
とかなんとか書いたけど、たった3ヶ月なんよな。だから最後はノリで「行きます」なんて言えたんだと思うわ。
3ヶ月はちょうどいいよ~。あんなとこやこんなとこ行って、あの人やアイツに会って、これだけで勝算ありだな。
で、7月末に退社、そしてFUJI ROCK!で、無職の俺はしばらく休憩。最高の夏じゃんか。俺の2008年、いい感じに出来そう。いや、するんだ。
そうそう、今年は苗場に友達が何人か来る!超嬉しい。僕、ずっと書いてんもんな。FUJIで、苗場で会おうって。あの空気を共有できるのが本当に嬉しい。みんな楽しもうや~。












