はぁ。やっと時間ができ、新宿区から抜け出すことができました。
先週土曜。副社長に誘っていただき話題のシャネル「モバイルアート」展を体験しに原宿まで。
なんという安直なネーミングなんだと思うところもあったが、さすがにシャネル。このアート展(特設ミュージアム)自体が世界中を移動していくという点でのモビリティー(移動性)であったり、テーマとして扱っているシャネルの象徴的なアイテムであるバッグなんてまさにモビリティーの主役となるもので、展示されている作品も見ても、この時代に"モバイル"なんて大々的に掲げることに十分納得のいく内容だった。
音声ガイダンスに沿って特設ミュージアムを回って約40分。これはなかなか新しい体験だった。音声ガイダンスが流れるプレーヤーの着用は必須で、そこから流れるストーリーに沿って館内を回る。作品の具体的な説明は一切ない。
普段美術館や博物館で音声ガイダンスを利用することなんてなかったし、たぶんそれらも今回のような説明以外の時間やルートだけを指示するものではないと思う。
一緒に行った上司曰く「ガイダンスの流れるプレーヤーをつけ、ストーリーに沿った行動を促すことによって、パーソナルな空間のモビリティーを生み出すことも考えられていたのではないか」「でも、プレーヤーをつけることによってパーソナルな空間を感じることができるのは、普段からそれなりに携帯電話やiPodなどモバイルメディアに触れている人だからこそ持ち得るリテラシーがあってこそなんかなぁ」とのこと。ふ~ん。深い。改めて自分の上司の分析力に感心した。
そして翌日の日曜。なんと田植えをしに埼玉の田舎まで!
会社の同僚にアートや社会活動を中心に活動するコミュニティに属している人がいて、「田植えしようよ」と声をかけていただき、はるばる埼玉の田舎までいってきました。田植え自体はアートとも社会活動とも違うけど、自然に触れ、直に食物を作る過程に関わってみることは、そのどれとも関連している気がしました。
実際体験してみていろいろ感じたことは多く。
特にエコについてですかね。プロパガンダやイメージ戦略の餌食になり、本来の意味を見失ったこの言葉を真剣に考えることができるのは、僕の場合、やはり当事者になるしかないわけです。
僕は普段自然とは程遠い尼崎(今は新宿)で暮らしており、メディアから入ってくる造られたエコしか知らないわけです。
そんな中、リアルに自然の尊さを感じれるのは、例えばFUJI ROCKやその他の旅先で山や川を見てるときだったりしかないんです。そこで感じたごく小さな思いをなんとか培養して日常に還元しないといけないんです。
だけどそれはなかなか難しい。すぐ忘れてしまうんです、僕は。『不都合な真実』を観ても中田英寿の番組を見ても。もちろんそれらだって、ゴアやヒデがリアルに感じたものを培養してメディアに乗せて世界に還元したものでしょうし、それらだって必要だと思ってます。
でも、やっぱり自分で直に自然に触れて得たものが一番強い。できるだけ自然に触れる機会を増やしていかないとね。
いやぁ、めっちゃ疲れたけど、有意義な土日でした。

- 会社の窓から見える東京タワー

- 日曜の夕方、会社で見るこの風景。泣けてくるよ

- 建築中の我が母校HALの東京校。例によってMODE学園なども入る。
バブリーなデザイン......けど迫力あるなぁ 
- 田んぼの近くにポツンとたたずむバス

- 労働をしいる犬様

- 帰りによった福生で食らう福生バーガー












