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MY ROOM IS MY WORLD | 2008 September
原作原理主義ってあると思う。
わかりやすい例で言うと、人気マンガがドラマ・映画化されたとき、その作品自体を評価するのではなく、原作との相違点や自分の想定外のキャスティングや演出についてばかり批判する(それが功を奏してようがいまいが)。
そんなのは、評論にもなってない。
「原作はよかった、映像はダメだ。」
「深夜枠の頃はよかった、ゴールデンにいくとダメだ。」
まるで予定していたかのように、見るや否や相違点や新たに付け加えられた新解釈について批判する。統計的に考えて、残念な結果になってることが多いにしても、そもそも壁がある気がする。
そんな人は「俺はオリジナル(原作)を知ってんだぜ」的なアピールをしてるだけで、原作を愛するあまりになかなか新たな解釈を受け入れられない「原作原理主義」にさえ至っていないと思う。
なら、そんな人はこどもの頃、金曜日の夜にアニメ「ドラえもん」を見てワクワクしていなかったのだろうか?日曜日の夜をアニメ「サザエさん」を見ながら家族と食卓を囲んでなかったのだろうか?
原作と絵のタッチが違うよ!構成がまるで違うよ!こんな声だと思ってなかった!なんつって、テレビを拒否してたんだろうか?原作に触れる機会のなかったこどもには、純粋にドキドキできたんじゃないだろうか?
原作と相違点があるなんて当たり前だと思う。スポンサーの都合もあるし、客層の幅も違うし、そもそも表現するメディアが違う。
スポンサーや客層を踏まえた上でクリエイションをしているわけだし、表現するメディアが変わるのに、原作と同じことをしていては意味がない。その予算の中で、その時間帯で、その客層に対して、そのメディアを活かした作品の作り方ってのがあるし、作る側もそうしないと意味がないね。
だから、変なアピールや原作を愛するが故にできてしまう壁をまずはとっぱらわないと。
それは人間関係を築くのと同じだと思っている。
この人は○○出身だから......
この人は○型だから......
この人は○○の知り合いだから......
この人のことを○○はこう言っていたから......
そんなのあくまでただの「情報」だ。「この人」すなわち「この作品」を評価する際には、ほとんどの場合においてそれはまるで関係ない。そんなのはまずはどっかに置いておき、その上で作品と向き合い、多いに批評すればいいと思う。それがユーザーに与えられた権利だと思う。
それでもどうしても納得いかない表現や、受け入れがたい解釈があれば、どんどん批判すればいいし、逆に、おぉこんなアプローチあり!?なんつって新たな解釈を受け入れればそれはすごく幸せなことだし。
恐らく、単純なセールスのみを追求した、各メディア(ドラマ、映画、ゲームなど)の特性を無視した多メディア展開によってクソみたいな作品がどんどん生まれてるのも、原作と異なるメディアで展開されたものを純粋に楽しめない人が増える原因なんだろうな。
僕は初心者でも扱えるようなレベルのデジタル一眼レフの他に、2つのトイカメラを持っています。
トイカメラ。その名の通り、おもちゃのカメラです。
HOLGA120GCFNってやつとVivitar UW100です。
おもちゃなんで、突然パーツがバキッなんつって欠けたり、バカッてフタが開いてせっかくとったフィルムが台無しなんてこともよくあるくらい、ちゃちい作りです。Vivitarなんて1,260円で買えちゃうくらいですから。
それでも、こいつらが撮る写真が好きなのです。
その瞬間の天気や撮る人の感情やカメラたちの気まぐれを含んだ、全てが奇跡の一枚。
また、現像に出してあがってくるのが楽しみで仕方がない。撮ったはいいがPCに溜め込んで終わり......いつの間にか、写真を撮る最大の楽しみをごっそり忘れてしまってたんだなぁと実感。
トイカメラで撮影するとき、このシャッターを押せばそれが一枚の写真になる、そんなちょっとした覚悟があります。ゴミ箱ボタンでサクッと消す訳にはいかない。だからいいんだと思う。
旅から帰ってきてからもまだ余韻に浸れるような写真。また歳をとってからも見たいと思う写真。
そんな写真を撮っていきたいです。
下のは昨日写真屋さんからあがってきた写真。ギャラリーも更新しました。暇なら見てやってください。
生徒会長より早いスパンで首相が替わる政情や、地方でも起こっている民主主義の破綻(参考記事)を見て思う。
この国は、世界は、どうなんだ?
何かおかしな様子に横目で気づいているのに、見ないフリをするのに必死な僕と君。
いつまでも白々しい態度を取ってると、自分に嫌気が差してくる。きっと後悔する。
この歳になってやっと思う。
昔と比べて、「自分」と「社会」のつながりを感じる。
それはこの時代に生きている「責任」とも言えるかも。
戦争も環境破壊も飢餓も凶悪犯罪も全てつながっている。
燃えさかる森の上に一滴づつ水を運び続けた『ハチドリのひとしずく』のハチドリ、クリキンディのように、自分にできることをやるだけ。
一人一人が世界をおかしくしたのなら、一人一人の力で元に戻すこともできるかも。
- セヴァン・カリス・スズキ - 環境サミット1992
最近、ちょっと前に関ジャニの『ジャニ勉』で見た、「カレーおじやうどん」が気になって仕方ない。
カレーうどん、それはまさに奇跡の出会いなのである。白い服を着て食べることができない以外、まるで非の打ち所がない。
そんな、そんな既に完成されたと思っていたものに、まだ足りないものがあったなんて......そう、うどんの下におじやが隠れている。
と大袈裟に書いているが、発想は少し違うと思うけど、うちのオカンもカレーうどんの余ったルーによくご飯を入れているし、カップラーメンの最後にご飯を入れる人もいるし、大発見でもないことに気づく。
そんなとき、家に一人いた僕は、台所の棚にあった「どん兵衛のカレーうどん」を見て、衝動にかられてしまった。白ご飯も、たまごだってある。こりゃやってみるしかない。どん兵衛のカレーうどんなんてテッパンだし、卵かけご飯なんて大好物だ。微妙な味にはなれど大失敗にはならないはずだ。
まずいつものようにどん兵衛のカレーうどんを作り、食べた。もちろんなるべくダシが残るように麺を中心にして。その片手間で卵かけご飯を作る。いつもより醤油を少なめに。
麺を食べ終わり、残ったダシの中に恐る恐る卵かけご飯をぶち込んだ。混ぜる、よくダシがしゅむように、混ぜる。
おぉ見た目は良い感じだ。カレーの色と卵の色の混ざり具合もエクセレント。
レンゲでダシのしゅんだご飯を掬い、そっと口に運ぶ。
「......あると思います。」
これは全然あると思います!もちろんもっと手をかけて作ることはできますが、こんな簡単にできることを含めて、ありやと思います。
番組で紹介されていたお店、大阪市北区のてんまにはいつかいくことにして、それまでしばらくこれを楽しもうと思います。
ハローワークに行くと、前回書いたみたいなことを考えてしまって、自分では特に現状を悲観しているわけでもないのに、少しテンションが下がる。
昔、テンションが下がったとき、よくHi-STANDARDを聴いていた。っつーか毎日ずっとずっと聞いていた。
だからテンションが下がってしまったハローワークの帰り、久しぶりにHi-STANDARDのマイベストを聴くことにした。
今でも一番好きなバンドは?と聞かれると、迷わずHi-STANDARDと答えれるほど、大好きでずっと聴いてきたバンド。どの曲を聴いてもいろんな思い出が蘇ってくる。
よく一緒にライブに行ったあいつらは今どうしてるんだろう?
元気にしてるんかな?
結婚でもしてるんかな?
あのとき30歳の自分をどう想像してたんだろう?
どんな仕事をしてると思ってたんだっけ?......え、っつーか俺今無職じゃね!?
なぜか途中から、昔の自分への言い訳が混じってきてアカンアカンって気を取り直して、近頃昔に比べて聴く機会の少なくなったHi-STANDARDのことを考える。
Hi-STANDARDは活動を止めた今でも多くのキッズを魅了しているようだ。
このブログからリンクしている僕の書いたHi-STANDARDの音源レビューページには、今でも頻繁にアクセスがある。
でもそんなHi-STANDARDは、復活が絶望的な状況にあるみたい。
新旧いろんな世代を巻き込み、ネット上ではいろんな噂が飛び交っているようだけど、僕はそんなの極力見ないようにしている。
でもHi-STANDARDが昔みたいには戻れないような状況になっているのは本当みたいだ。
やっぱり年月を重ねるといろんなことが変わってしまうんだろうか?
「金ピカのままで」って"Stay Gold"を歌っていた僕のヒーローたちもか?
そして当然僕も同じか?
そんなことを考えていると、向こう側から一人の若者が歩いてきた。
Hi-STANDARDのギタリスト横山健のソロワーク、KEN YOKOYAMAのTシャツを着ていた。Dickiesのチノパンに、VANSのOld School。
なんだか嬉しくなって、少し笑ってしまった。
いろいろ変わってしまったけど、僕のヒーローはまだまだ金ピカのままだった。
またそれを見て、かつての僕と同じように目を輝かせている若者もいる。
さて、僕はどうよ?
また磨き直さないとな。
























