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原作原理主義ってあると思う。

わかりやすい例で言うと、人気マンガがドラマ・映画化されたとき、その作品自体を評価するのではなく、原作との相違点や自分の想定外のキャスティングや演出についてばかり批判する(それが功を奏してようがいまいが)。
そんなのは、評論にもなってない。

「原作はよかった、映像はダメだ。」

「深夜枠の頃はよかった、ゴールデンにいくとダメだ。」

まるで予定していたかのように、見るや否や相違点や新たに付け加えられた新解釈について批判する。統計的に考えて、残念な結果になってることが多いにしても、そもそも壁がある気がする。
そんな人は「俺はオリジナル(原作)を知ってんだぜ」的なアピールをしてるだけで、原作を愛するあまりになかなか新たな解釈を受け入れられない「原作原理主義」にさえ至っていないと思う。

なら、そんな人はこどもの頃、金曜日の夜にアニメ「ドラえもん」を見てワクワクしていなかったのだろうか?日曜日の夜をアニメ「サザエさん」を見ながら家族と食卓を囲んでなかったのだろうか?
原作と絵のタッチが違うよ!構成がまるで違うよ!こんな声だと思ってなかった!なんつって、テレビを拒否してたんだろうか?原作に触れる機会のなかったこどもには、純粋にドキドキできたんじゃないだろうか?

原作と相違点があるなんて当たり前だと思う。スポンサーの都合もあるし、客層の幅も違うし、そもそも表現するメディアが違う。
スポンサーや客層を踏まえた上でクリエイションをしているわけだし、表現するメディアが変わるのに、原作と同じことをしていては意味がない。その予算の中で、その時間帯で、その客層に対して、そのメディアを活かした作品の作り方ってのがあるし、作る側もそうしないと意味がないね。

だから、変なアピールや原作を愛するが故にできてしまう壁をまずはとっぱらわないと。

それは人間関係を築くのと同じだと思っている。
この人は○○出身だから......
この人は○型だから......
この人は○○の知り合いだから......
この人のことを○○はこう言っていたから......

そんなのあくまでただの「情報」だ。「この人」すなわち「この作品」を評価する際には、ほとんどの場合においてそれはまるで関係ない。そんなのはまずはどっかに置いておき、その上で作品と向き合い、多いに批評すればいいと思う。それがユーザーに与えられた権利だと思う。
それでもどうしても納得いかない表現や、受け入れがたい解釈があれば、どんどん批判すればいいし、逆に、おぉこんなアプローチあり!?なんつって新たな解釈を受け入れればそれはすごく幸せなことだし。

恐らく、単純なセールスのみを追求した、各メディア(ドラマ、映画、ゲームなど)の特性を無視した多メディア展開によってクソみたいな作品がどんどん生まれてるのも、原作と異なるメディアで展開されたものを純粋に楽しめない人が増える原因なんだろうな。

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