先日、昔勤めていた会社の同僚たちとお茶しました。僕以外の二人は性格こそ違えど、どちらも表現者としての熱さや欲望を持っている。本能からそれを必要としてる感じ。まぁ言わばアーティストなんよ。
そんな二人や、僕の周りのアーティスティックな人たちと話していると、よく自分のことが見えてくる。冷静になれる。
その二人とも話していたんだけど、アートとされるもの、例えば絵でも写真でも壷でも、それは「本能から染み出たもの」であるべきなんじゃないかということ。絶対にアートとはそういうもの!ってことじゃないけどね。
僕はそういうタイプではない。本能をぶちまけるのが得意ではない。僕の場合、何事もロジカルに考え、整理したがり、意図や目的を知ろうとする。だからアートよりデザインを選んだんだと思う(後々考えればだけどね)。
これもそのとき話していたんだけど、「『役割』ってあるよな」って。例えばWebデザインの基本的な役割は、クライアントの要望や意図や情報を、届けたいユーザーへ届くように整理・再構築して届ける、ってことだと思う。
言わばデザインってのは、Aの言葉をBにわかるように通訳したり、CからDに行く道筋を立てたり、EがFになれるような仕組みを作る作業だと思います。要はデザインとは「問題解決」です。Webもグラフィックもファッションもランドスケープも、ほとんどのデザインはそれらに当てはまると思います。
「デザイン」という言葉は、一般の人が思うより広義なもので、僕自身それに気づきだしてからは、どんどんやりたいことややるべきことが、よく見えてきた気がしています。
そう考えると、例えばある孤島に飢餓に苦しむ人がいたら、飢えから救おうと単純に魚を穫ってあげるのではなく、魚の釣り方を教えてあげることがデザインなんだと思います。根本から解決する。それは必然的に長期的で持続性のあるものを作ることにつながります。
そんな意味では、ぼくはまだまだデザインの本質に関われていません。
デザインはすごく難しい。

- コトニスト Kass1さんです。いつだって本能垂れ流しです。え、コトニスト?コトニーをする人です。え、コトニー?「言葉を使ったオナニー」です。
こんなんさ。Throw Up -kass1 In Da House- 
- カヒミ・カリィくらい声が小さいベビースター。東京で写真を撮ってます。
彼の写真はいいですよ。フォトギャラリー












