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MY ROOM IS MY WORLD | 2008 November
ホーム最終戦
今日のガンバ大阪ホーム最終戦。相手は浦和レッズ。ガンバはもう来年のACL出場圏内であるリーグ3位以内に入る可能性はない。それでもレッズには負けられない。阪神vs巨人みたいなもんさ。
案の定、試合は荒れた。やっぱりこの対戦カードには何かある。激しいフィジカル・コンタクトのたびに、両チームから一斉に歓声とブーイングが飛び交う。そしてやっぱりレッズサポーターはすごい。声援がまるで大きな壁のように押し寄せてくる。ちょっと気を抜いてると、レッズのリズムに合わせて手を叩いてる自分がいる。アカンアカン。
両チーム退場者一人ずつを出して10人対10人で進んだ後半39分、加地のクロスをヤット(遠藤)がヘディングで押し込み、均衡を破ると同時にこの勝負を決めた。
あぁ気持ちいいなぁ、レッズに勝つのは。やっぱりライバル(僕はそう思ってる)の存在はゲームを熱くするね。素晴らしい選手がたくさんいるレッズだから、羨ましいサポーターがいるレッズだから、勝てたときの喜びもひとしおなんだよなー。
リーグは今日のホーム最終戦が終わって、あとは来週の新潟でのアウェー1戦を残すだけ。来シーズンのためにも、ひとつでも上の順位を目指すんだ。
で、ガンバにはまだまだ大仕事が残っている。まだ獲れるタイトルが2つある。クラブ世界一を決めるFIFAクラブワールドカップジャパン2008と、ACL出場権をかけた天皇杯。
日本中に、世界中に、ガンバのスタイル、見せつけたれ。
HIROSHIMA
先週末、広島に行ってきました。ま、ベタに原爆ドームと平和記念資料館と宮島に行ってきました。
原爆ドームの前で横一に並んで記念写真を撮るオバちゃんたちのシュールさにもいろいろ考えさせられるものがありましたが、なんと言っても平和記念資料館です。入館料50円です。皆さんももし広島に行くことがあれば是非入館してください。
原爆が落とされてから60年以上経った今でも、世界は核を手放せずにいます。電気を作る材料として、外交のカードとして、大量破壊兵器として......。 世界中で一番核の恐怖や悲しみを知っているのは恐らくこの日本です。じいちゃんやばあちゃんの痛みを知らなくちゃいけない。忘れちゃいけない。伝えなきゃいけない。それが僕らの役割なんじゃね?
で、宮島。その日は雨が降ってたんですけど、それが逆に超良かったんですよ。海は白く、山々には霧がかかり、紅葉した木々が美しく、なんとも幻想的な風景。風光明媚とはこのことです。
でね、なんといっても鹿が良かったんですよ、鹿が。奈良公園よろしく鹿がそこらへんを歩いてるんですね。
以前チラッと書いたんですけど、今年、鹿がマイブームだったんですよ、僕。ドラマ『鹿男あをによし』やtoeの『the book about my idle plot on a vague anxiety』のジャケットに鹿がフィーチャーされていたからです。鹿を見るとキュンとくる。あいつらかわいい。あいつらなんか見てる。あいつらなんか考えてた。
あ、あと時間が空いたので宮島水族館に行きました。
ペンギン目当てだったのに、結局一体どこにいたのかわからないし、目玉イベントのピラニアとテッポウウオの実験ショーも2分くらいで終ったりと、決してメガ水族館にはない手作り感のあるアットホームな雰囲気が楽しかったです。
そんなこんなで宮島は想像してた以上にナイスな場所でした。
7sensiz+
先週の土曜、大阪阿波座のゴーゴーコーヒー(夜はゴーゴーバー)に行ってきました。友人であるコトニストkass1さんがグラフィックデザイナーのSpelunkasさんと二人で『7sensiz+』という二人展を開いているからです。
kass1さんの作品は、グラフィティ、カリグラフィ、書道など様々なタイポグラフィのスタイルが混然としており、それらを紙であったり布であったり木であったりと様々なフォーマットに落とし込んでいきます。
その言葉が本来持つ意味、kass1さんがその言葉に乗せた思い、それらが伝わる最適なスタイルやフォーマットやマテリアルを組み合わせた結果、独自の作風が生まれているのではないかと思いました。
Spelunkasさんは「服」をフォーマットに、独自の感覚でチョイスしたキーワードを表現しています。Tシャツやスウェットやシャツなど、それぞれの言葉を表現するに相応しいフォーマットをチョイスし、その上にペイントや様々なプリント技法(あれはラバーとかシルクスクリーンなのかな?)を使い分けて、それぞれのキーワードを表現していました。
この『7sensiz+』は、今月28日まで行われてます(詳細)。
ミナミの喧噪から少し外れたロケーションもいいし、コーヒーもおいしいゴーゴーコーヒー。近くを通られた方は是非足を運んでみてはいかがでしょうか?
体験
ここ2、3年、Webの仕事をしてから特によく考えるようになったことがあります。「体験」についてです。
これだけテクノロジーの発達した時代、例えば、少し前に書いた石川直樹さんのトークショーや今回の『7sensiz+』のような展覧会だと、そこに行かずとも、そこに居なくても、そこ居たのと同じ"ような"体験した感覚を得られると思うのです。
トークショーだとYouTubeにアップしたりポッドキャスティングしたり、展覧会だと作品をサイトに掲載することができます。おそらくそれらによって得られる「情報」は、それらが発信された現場に居た人とさほど変わらないものでしょう。
では、なぜ僕はそれでもそこに行こうとするのか、居ようとするのか、自分でもよく考えます。
回線に乗せることができない、プリントできない、そこに居合わせた人しか感じることができない、そこでしか体験できない何かがあるのか?
それは、アーティスト然とした美しい神秘的な言葉ではなんとなく言い表せそうな気もしますが、僕が言うとあまりに陳腐だし、それが適切であると言い切れる自信もない。ただただ、「そこに居合わせることの大切さ」や「そこでしか体験できない何か」をどこかに置き去りにして、このままWebの世界でクリエイトしていくことへの疑念が漠然とある。
もしかすると、将来的にはそこに居合わせずとも、居合わせた人と全く同じ体験ができるということをテクノロジーが実現してくれるのだろうか?
実は、Webで何かを表現していく人間としては、「そこに居合わせることの大切さ」や「そこでしか体験できない何か」だけを妄信するのではなく、それらを解決するテクノロジーへの希望も持たないといけないのかもなぁ。難しいな。
昨日、高校時代からの友人のお母さんのお通夜にいってきた。そのお母さんは僕のおかんとほぼ同じ歳だった。
こんなふうに簡単に一括りにまとめてしまってはいけないのかも知れないけど、僕らはもう30歳で、自分の周りの大切な人がこの世を去っていくことが多くなってきて、そりゃもちろん悲しいけど、それでもなんとかそれなりに受け入れられるようになってきたと思う(もちろん受け入れられないようなシチュエーションもある)。
そんなふうに良いことなのか悪いことなのかわからないけど、ある種「死」が乱暴なまでに生活に割り込んでくることにちょっとづつ慣れてきてるのだけれど、それでもやっぱり大切な人を亡くした友人にどう声をかけてあげればいいのか、どう力になってあげればいいのかがわからなくて、いつも歯がゆい思いをする。
僕が毎回戸惑うのは、自分がまだ当事者になってないってことも大きな要因だろう。一応自分だったらどうしてもらいたいんだろう?僕だったらどうされたくないんだろう?って考えるけど、結局当事者や状況次第なので、どうすればいいのかなんてわからない。大切な人はどういう経緯で亡くなったのか?友人は誰にでも悲しんでいる姿を見せれる性格か?不自然に励して余計に悲しみを煽らないだろうか?本当に難しい判断である。
僕の場合だと、どんな状況においても「かわいそうに」と思われるのは好きじゃないので、いつも通り自然に接してほしいかな。顔見せてくれて、「また飲もうや」って言ってくれるだけでいい。だからそれが正解なのかわからないけど、大抵の場合はあまり気を遣わずに普段通りに接するようにしている。
昨日一緒にお通夜に向かった友人たちも僕と同じく不器用な人間ばかりだったので、僕と同じように考えてか、僕と同じように友人に声をかけていた。
どうしてやるのが一番よかったんだろう。
お母さんを亡くした友人と少し話した。普段通りの会話。友人の仕事のこと。
その友人というのは天然のアーティスト気質で、どうみても社会のシステムに収まるような性格ではない。だからそんな友人が地元尼崎の会社でまじめに働いているという話を聞いたときは、僕は少し驚いた。これが大人になるってことなのかなぁと安易に自分を納得させていた。
しかしそんな理由ではなかった。友人が言った。
「近い場所で働いて頑張ってるところを、おかんに少しでも見せてあげたかってんけどなぁ」。
そのときは「そっかぁ」としか言えなかったけど、お通夜の帰りにみんなで飲んでたときも、家に着いてからも、今日になってもずっと友人の言葉と顔が浮かんでくる。
僕も今ずっとどういう道へ進むかを考えていて、自分の親というのは必ず思案材料に入ってくる。だから、実際に友人がどれくらいの決意でそうすることを選んだのかはわからないけど、やっぱりどれほどの思いで地元尼崎で普通に働くことを選んだのかはすごくわかる気がして、胸が苦しくなる。
きっと友人の思いはお母さんに伝わっていた。
きっと安心して旅立ったんだ。
おばちゃん、お疲れさまでした。
そして、ご馳走さまでした。おばちゃんの作ってくれたそば飯、おいしかったです。
写真
今日は、以前に少し書きましたがKAVC(神戸アートビレッジセンター)で行われている展覧会「LOCUS」のスペシャルイベント、写真家の石川直樹さんのトークショーに行ってきました。
石川さんについて超簡単に説明すると、
10代の後半から旅を始め、2001年には世界七大陸最高峰登頂を最年少で達成。移動、旅などをテーマに作品を発表し続ける写真家 (「LOCUS」オフィシャルサイトより抜粋)
です。年齢的には僕のひとつ上かな。
今回の内容としては、
- 過去の作品や新作のスライドを見ながら、石川さんご自身の表現活動についてのお話
- 石川さんと「LOCUS」出品作家5人とのトークセッション
- 質疑応答
です。
各セッションの中でいろいろな収穫がありました。
- ○冒険とはどういうことか
- 旅としての冒険とルールの境を超える冒険
- ○旅と写真
- まず行きたい場所があって、そこに撮りたい瞬間がある
- ○なぜ写真
- 数ある表現手法の中で写真を選ぶ理由
- ○意識と無意識
- 意識的であること、無意識にあったこと
- ○テーマはどこから
- テーマは夢中の中に潜んでいる
アートには、何百年も問われ続け答えの出ない問いがいくつもあります。今日もそのような問いがいくつもあり当然答えは出ませんでした。
僕はアートを問うことは「生」を問うことに近いと思ってます。だからそれらを問うことは無意味なことかとも思えてくる。それでもアートやデザインに関わる人の多くはずっとそれを続けていくんでしょう。
石川さんと「LOCUS」出品作家5人とのトークセッションの中で非常に心に残った言葉がありました。
「そこに居合わせることが大事」
コンピュータやインターネットを介して容易にシミュレーションが可能になった今、「偶然」に居合わせる機会が少なくなったことや、使用する機会を失った身体機能があることへの危惧を僕は日常的に感じていました。
そうそう、そこに行くこと、居ること、体験することが大切なんだ。
トリビュート
9月に発売されたSNUFFのトリビュートアルバムがすごく良い。
参加バンドは全部日本のバンドで、最近復活したCOKEHEAD HIPSTERSや盟友KEN YOKOYAMAなどのベテランから、MUGWUMPSやS.M.N.などの若手有望株に加え、なんとPUFFYまで、SNUFFを愛してやまない豪華バンドが勢揃いです。
トリビュートアルバムって無理矢理自分たちの色を出そうとするバンドが多くて、全体を通すとどうしようもないアルバムになっちゃってることが多い気がするんですが、今回のアルバムは、どのバンドもSNUFF節をちゃんと残しながらも自分たちのエッセンスをうまく加えたナイスアレンジで、ちゃんとアルバムとして聴けるクオリティになっています。
どの曲もいいんだけど、お勧めは、MUGWUMPS、STOMPIN' BIRD、COKEHEAD HIPSTERS、KEN YOKOYAMA、PONI-CAMP、BEAT CRUSADERS、RAZORS EDGEあたりです。
で、トリビュートと言えば12月にはなんとSCAFULL KINGのトリビュートアルバムが発売されるって!
メンツが良すぎる......RUDE BONESやBACK DROP BOMBやLOW IQ 01などの同世代組に、DOPING PANDAやRIDDIM SAUNTER、SPECIAL OTHERSなどの今の日本のロックを背負う若手たち、そして最新作が良すぎるCOMEBACK MY DAUGHTERS(大アンセム"Irish Farm"をカバー)!
もう他のメンツも最高すぎます。キングがまた僕たちに笑顔をくれます。
あぁ楽しみだ。

- 2007年のホワイトステージでの復活。あぁ楽しかった。Photo by 2daaaaan
- 参加バンド
-
- BACK DROP BOMB/DOO WEE(アルバム『SCAtegory』収録)
- BRAHMAN/Brighten Up(アルバム『SCAtegory』収録)
- CUBISMO GRAFICO Orchestra/WE ARE THE WORLD(アルバム『SCAtegory』収録)
- COMEBACK MY DAUGHTERS/IRISH FARM(アルバム『SCANDAL!』収録)
- DOPING PANDA/SOUL TO SOUL(アルバム『SCAnation』収録)
- Brown&THE FOUR BACKS(from Oi-SKALL MATES)/FAR PLACE(アルバム『SCAnation』収録)
- LEADERS OF THE PACK/SAVE YOU LOVE(アルバム『SCAtegory』収録)
- LOW IQ 01/NOTHING(LP『sensational』収録)
- Oi SKALL MATES/WHISTLE(アルバム『SCAtegory』収録)
- Riddim Saunter/NO TIME(アルバム『SCAtegory』収録)
- RUDE BONES/YOU WANNA DO(アルバム『SCANDAL!』収録)
- SPECIAL OTHERS/NO TIME(アルバム『SCAtegory』収録)
- TROPICAL GORILLA/COSTELLO(LP『sensational』収録)
- YOUR SONG IS GOOD/LUNCH IN THE JAIL(ベスト盤『SCAFULL KING』収録
仕事を辞めてからちょくちょく仕事の依頼もしくはヘルプの声をかけていただくんです。
以前の会社からのヘルプの要請もあるし、一応Webのプロとして友人たちが僕を頼ってきてくれたり。
中には僕の仕事(作品)をほぼ見たことがない人からも声がかかったりします。下請けでデザインしていると、大きな仕事ほど守秘義務とかの関係でなかなか公に仕事を発表できないんですよね。あくまで僕に仕事を発注した人がデザインしたことになってるから。特に自慢できるものもないけど、ちと悲しい。
なにはともあれ僕を頼っていただけるのはホントありがたいです。
だけど無職の今の僕、フラフラしているようで(してるけど)、こうなればいいなという展望はあって、そこへ向けてお金や時間配分の調節をしています。
あれを実現するためにはこれくらいお金がいるな......
これを作り上げるためにはこれくらい時間がかかるな......
アイツからの依頼はもうずっと前から手をつけれていないから優先しないとな......
様々な事柄を考慮した上でプライオリティをつけていかなければなりません。
そうやって限られたお金や時間のことを考えると、必然的にお断りしなきゃならない依頼が多々あって、非常に心苦しく思っております。誰かの力になりたくてデザインをやってるのに、身近な人たちの力にさえなれないのだから本当に辛い。
だけどそこで中途半端に仕事を受けちゃうと、その仕事ばかりか他のことも全部中途半端になって結果的に誰も幸せにならない。
まぁ、もともと僕の手に負えないレベルの依頼もたくさんあるんですけどね。僕はクリエイターとしては技術を売りにできるタイプではないので、自分一人ではそないに大したことできないんですよ。
っつーか、何より僕は今離職中で雇用保険をもらって生活しているから、内職は御法度!(一応書いておかないとね)
で、最近はリハビリも本格的になり、急ピッチで友人のブログを作りあげています。ポートフォリオに加えられそうなものになりそうだし、これはかなりプライオリティが高いです。
あぁ、作業が楽しい。一旦作業を始めるとなかなか手を止める気にならない。飯を食ってても遊んでても早く続きがしたくなる。まぁ仕事じゃないってこともあるんだろうけど、やっぱり僕はこんなふうに何かをチマチマ作るのが好きなんよなー。

- 今作ってるサイトのロゴ。中身も早く作り上げないと。


















