先日、地元のJR立花駅に『ビッグイシュー』の販売員さんが立っていることに気づきました。
お節介で傲慢だと思うけど、少し心配になりました。梅田や心斎橋などの大きな街だとビッグイシューの存在を知っている人も多いだろうけど、こんなローカル駅ではどうなんだろう。
このブログでもたまにビッグイシューについて書きますが、改めて簡単に説明すると、ビッグイシューとはホームレスの自立支援応援事業で、
定価300円の雑誌『ビッグイシュー』をホームレスである販売者が路上で売り、160円が彼らの収入になります。
最初の10冊は無料で提供し、その売り上げ(3,000円)を元手に、以降は1冊140円で仕入れていただく仕組み ビッグイシュー日本版「販売のしくみ」より抜粋
です。
ビッグイシューの大変なところは、まずその存在が何であるかを知ってもらうことにあると思います。
僕がビッグイシューを買い始めた3〜4年前だって、ビッグイシューのことを知る人はあまりいなかったし、街頭に立つ販売員さんやビッグイシューの存在自体を怪しげな目で見てた人も多くいました。僕もその存在を知った当初、同じようにビッグイシューに対して懐疑的な気持ちがなかったとは言えません。最初は販売員さんに話しかけるのにも多少勇気も必要でしたしね。
しかし最近では、梅田や心斎橋などの比較的大きな街では、ビッグイシューのような仕組みやメディアを理解するリテラシーの高い人が多いせいか、そういった人たちを介して口コミにより徐々に誤解や偏見が取り除かれていっているように思います。
それでもそのスピードは決して速くはなく、まだまだ日本の社会にビッグイシューやビッグイシューのようなシステムが浸透していくには時間がかかりそうです。
そんな状況のもと、都心を離れたローカル駅で、どれだけの人がビッグイシューの存在や販売員さんに気づき、またその中のどれだけの人が自らその存在の意味を確かめようとするでしょうか。
ローカル駅でも販売が始まったということは、本当は喜ぶべきことなんでしょうけど、何年かの間ビッグイシューの存在やそれを取り巻く状況を見てきた僕は、正直なところ少し悲観的に見てしまいます。
でも、ビッグイシューのことを考えるといずれは乗り越えなきゃならない壁だ。
僕はこれからはなるべく地元の販売員さんから買った方がいいのか?そうすれば、販売員さんの存在に気づいていた人に「あのにーちゃん、あそこにいつも立ってる人と何話してんのやろ?」って思ってもらえるだろうか?それが最初の一歩なんだけどな。
とここまで書きましたが、重要なのは決して「慈悲」だとか「憐れみ」の気持ちでビッグイシューに接するのではないということ。僕も最初はそんな気持ちがあったし、今でも1%もないとは言い切れない。そんな気持ちが間違っているわけでもないと思うし。
だけどそれは販売員さんに決して良い気持ちを与えるものではないし、ビッグイシューがホームレスの自立支援システムとして日本で持続するためにも、あまりお勧めできる動機ではないと思います。
やっぱり、ビッグイシューの内容・コンテンツ自体がおもしろくて売れていくというのが一番望ましい状況で、その方が慈悲だとか憐れみの感情を動機にするより、持続性に繋がるのではないかと思います。
そういう意味じゃ、僕も最近では内容のおもしろさで判断してビッグイシューを買えているように思います。だから内容によっちゃ買わない号もある。
まぁしかし販売員さんと話すのは単純に楽しいんですけどね。
政教分離
114号のオバマやらパティ・スミスをフィーチャーした回はおもしろかったです。
オバマ特集は意外にも「政教分離」というアメリカの歴史からはほど遠い問題を主軸に展開されていたので、非常に興味深く読むことができました。
アメリカに政教分離を訴えるなんて、とっくに諦めていたから。
僕は、無神論者もしくはベタな日本人的多神教者ですが、一神教などの神や仏を信仰する人に対して特に何の感情もありません。むしろ自分にはない美しい心だとさえ思うこともある。
しかし、やっぱり宗教にまつわる戦争をしている国や人々なんかを見ていると、非常にイライラするし、冷ややかな目を向けざるを得ません。あんたらの信ずる神や仏は、ホンマにそれを良しとしとるんか?と。
なので、政治と宗教の関わりは僕的には非常にナーバスになる問題で、日本でも政教分離を公然と無視しているあの政党とあの団体がありますが、その比ではないアメリカにおける政治とキリスト教福音派の結託には恐怖さえ感じます。
テレビで「アメリカは世界のリーダーだ!警察だ!」って勝手に言ってるやつがいたけど、それを認めるまではいかないにしろ、アメリカというひとつの国が世界に与える影響力は計り知れないもの。そんな国が宗教に左右されてもらっちゃ、本当に困る。
で、肝心のオバマ。彼は選挙戦で保守的な共和党と戦っていたせいか、非常にリベラルなイメージだったのですが(僕が無知だっただけ)、今回の記事を読んでビックリ。大統領就任式の大役に、中絶や同性婚に反対する保守派のカリスマ牧師を起用するなど、初っ端からキリスト教福音派との繋がり全開みたいです。あらら......。
アメリカにおいて非常に巨大な勢力であるキリスト教福音派を取り込むことは、政治的に何かとメリットがあるだろうし、オバマがどれだけ自覚を持って信仰と政治戦略を分けているのかはわかりませんが、アメリカにリベラルを求めていた僕としては、少しガッカリな話でした。
徒労感
雨宮処凛さんの連載コーナー『世界の当事者になる vol.57』では、雨宮さんの現状下での本音が見えた気がし、強く共感できました。
昨今の一連の景気悪化で、プレカリアートの代弁者として討論番組などに出演することの多くなった雨宮さんは、企業側の「生き残る為にはリストラせなあかんねん」「スキル不足は自己責任ちゃうん」という主張と、プレカリアート側の「あんたらの内部留保をどうにかせいや」という主張の、永遠に続くかとも思われる戦いに徒労感を感じてきたと。そんなことをしている間にも、3月末にはまた多くの人が職や住む家を失う。今はこの緊急を要する事態をなんとかしなきゃならないだろうと。
そしてその上でどう生きていくかを考えなきゃならない。
例えリストラの対象にならなかったとしても、もしくはまた以前の職場に戻れたとしても、どっちにしろ既に既存の多くのシステムは破綻している。次の「抽選」だって目の前に迫っている。
同感です。今はある意味チャンスだと思う。「生きる」ことと「働く」ことを考えないと。 もしかすると、自分の「生きる」ことと「働く」ことにあったシステムを自分の手で作ることだってできるかも知れない。
さて、俺も考えなあかんやんか〜。












