MIXTAPE GENERATION: 2016年7月アーカイブ

2016年7月アーカイブ

July 25, 2016 11:43 AM

Go

「ステレオタイプなことはしたくない」 、というアティテュードはステレオタイプだと思う。「ステレオタイプ」 に依拠する、相対的なアティテュードや価値観だから。

ステレオタイプでいたいわけでもいたくないわけでもない。ただ、受け取った時点で付与されている価値をそのまま受け取るのではなく、自分で一つ一つ考えて価値を見極めたい。
その結果が、世の中のステレオタイプという範疇に含まれることであろうかがなかろうが、どちらでも構わない。

自分で決めたい、とはいうものの、他者や世の中の影響を受けたり、信頼できる人の思考を借りるのはアリだと思っている。
自分の脳のスペックでは、全部のことを処理するには時間が足りないし、ナレッジを共有し合って生きるからこそ、世界の文明や思想が発達してきたわけだから。

そんなこんなで、とにかく、まずは自分の考え一つ一つを疑うようにしている。

  • 折り紙はぐちゃぐちゃにしちゃいけないのか?
  • ランドセルでしか一般的にいわれれているランドセルの効果を果たせないのか?
  • こどもはスマホでばっか遊んじゃいけないのか?
  • なぜadidasが良いと思うんだろうか?
  • なぜニトリよりMUJIがいいと感じているんだろうか?

時間の許す限り考えている。考えなきゃ気が済まない。父親譲りの面倒くさい人間になってしまった。

だけど、こどもたちには、やっぱり考える人になってほしい。環境や状況に左右されない絶対的な価値観を自分の中に作ってほしい。「良し悪し」や「勝ち負け」 を、自分の中に(も)作れる人になってほしい。

(も)、と書くのは、自分のメジャー(=価値観)だけを持っておけばいいのではなく、世の中一般的に使われるメジャーもちゃんと持っておいてほしいと思うから。
実際には「一般人」なんて人はいなくて、100人いれば100人の価値観があるわけだけど、正確ではないにせよ、あることに対する価値観の統計的なおおまかな分布具合を感じておけることは大事だと思っている。

人は社会性を持った生き物。基本的には社会やチームの中で生きていく生き物。一般的なメジャーを持っていないと、孤立してしまう可能性が高くなる。共感されない、協力が得られない、誰もついてこない、ということはなかなか深刻な問題だ。 (圧倒的なスキルや金、人徳、カリスマ性などがある場合は例外だけど)

一般的なメジャーを持つためには、他者や他の世界に対してリスペクトを持つこと。オープンでいること。年齢やヒエラルキーや性別や国籍に関係なく。
上から目線じゃいけない。
最低限の礼儀がないといけない。
自分が知らないことを笑っちゃいけない。

さぁ『ポケモンGo』、やってみますか。

July 22, 2016 07:23 PM

パイセン業はむつかしい

師匠が弟子に、親がこどもに、「オレの背中を見て覚えろ」「同じことは二度と言わないからな」というアティテュードで指導・教育にあたるスタイルがある。
実際、自分のキャリアの中でもそんな人たちにたくさん出会っている。

こんな自分でも、上司であったり親であったりするので、「教える」 ということについては何年も悩んでいる。
わかっているのは、自分には前述のようなスタイルの教え方が向いていないということ。
理由がいくつかある。

まずは、自分の場合、そういうスタイルをとることが、どうも怠慢な気がしてならない。キャリアの中で、ある程度 「背中を見て覚えろ」 スタイルの効果も感じてきたので、自分もそのスタイルにチャレンジしたことはある。ただ、自分が「オレのやり方見て覚えて」「ググって調べろよ」「前に言わんかったっけ?」的な言葉を吐くとき、なにかカスみたいなのが胸に残る。

  • もっかい教えるのが面倒だっただけじゃないのか?
  • 二度手間にイラっとしただけじゃないのか?
  • もっとうまく教える方法を持ちあわせていないから逃げたんじゃないか?

こんな考えが頭を巡り、なんだか自分が小さくズルいやつに思えてきて嫌になる。

でも、師匠や先輩や親は、ストレートに「面倒くさい」でもいいのかもしれない。それを態度に出すことで教えられることもあるし、そういう態度で教えた方が効果が高い人もたくさんいる。
それでも自分は、歳や社歴が上だから、その分野においての先行者だからという理由で、「面倒くさいから」をOKにできる自分をあまり好きになれない。

もう一つの理由。これも個人的な体感では、例え教えるのが2回目や3回目だったとしても、面倒でも、時間をとって教えた方が効率がいいし、効果も高いんじゃないかと思う。
単純な話、例えば、あることを知らなかった人がそれを自力で知るまでに1ヶ月かかるとしたら、それを少しの自分の時間を使って教えることで、彼・彼女たちは今すぐに知ることができる。そしたら、彼・彼女たちがそこで得たスキルや知識を使ってなにかにチャレンジできる時間がより多くとれる。
なかなか覚えられない人には、2~3度同じことを教えたっていいとも思う。覚えられない理由が、彼・彼女のやる気の問題なのか、能力の問題なのか、もしくは、自分の教え方の問題なのか。いろいろな理由があるけど、いずれにしても2~3回くらい教えたっていいじゃない、と思う。

自分が、器用に計算ができたり、ものを覚えたりできる人間じゃないからってのも、そう思う大きな理由の一つだろう。

「見て覚えてよ」「前言ったやん」というスタイルの先輩に教えていただいたことはたくさんある。本当に感謝している。
しかし、2度も3度も時間を使って教えてくださった人のことは、もっと感謝している。尊敬している。好きだ。教えてくれた人のことも、与えてくれた知識やスキル(どんな微細なことでも)も、ずっと宝物のように心にとってある。

どっちのスタイルが正解とかいう話ではない。

いずれにせよ欠けてはならないのは「愛」だと思う。
ただ、 意外に「愛」は自覚しづらいようだ。
「虫の居所」も完全に自分のためにやっていることも相手への「愛」だと勘違いしたり、そう思い込もうとしていることもあるし、逆に、それこそが「愛」そのものなのに、本人がそれに気づいていなかったり、認めないことだってある。

「愛」はやっかいだ。ときどきビジブルにしなきゃ、一生一切伝わらない可能性がある。
恥ずかしいけど、たまにはポロりしていこう。

July 16, 2016 12:23 AM

健康には金がかかる

健康に生きる。これはすごくコストがかかることなんだなと最近よく思う。若い頃は、健康なんてタダだと思っていた。
でも、少なくとも今の自分の状況は違う。腰痛治療のカイロプラクティックは1回6,000円。脂質異常症の治療では1回の診察で2,000円(薬代含め)くらいはかかる。採血が必要な検査のときはさらにかかる。財布がみるみる薄くなっていく。

そもそも腰痛も脂質異常症も、これまでの日々の過ごし方次第では、今のような状態にならなかったかもしれないけど、睡眠時間を削ったり、コンビニや松屋に頼らなければどうしても乗り越えられない1日が数え切れないくらいあったし、そんな1日1日をなんとか紡いできた結果、今がある。

でも、それは今生きているから、仕事が続けられないくらいの病気にはなっていないからこそ「しかたなかったやん。今生きてるしええやん」的なトーンで思えてることなんだと思う。
もし今そういった状態になっていたら、やり場のない悔しさを抱え、過去を振り返り、猛省の日々を送っている気がする。
40歳も近くなると、身近に命に関わるような病気を患う人が増えてくる。そういう人たちの当事者しか持ち得ない実感がこもった後悔や反省の弁を耳にすることもある。

そんな言葉を聞いて、これまでのような綱渡りのような生活を続けてはいけない。本末転倒すぎる。

自分にとって何が大事かははっきりしてる。
「忙殺」という言葉は本当に怖い言葉。「殺」とか入ったらあかんで。詳しい語源は知らないけど、大事なものを忙しさで殺してしまってはいけない。

昔の自分には全く想像がつかなかった。
こどもの、口の周りをベトベトにしながらご飯を食べてる姿を見るだけで、大の字でピースカいびきをかいて寝ている姿を見るだけで、無駄に大きく腕を振って大股で跳ねるように歩いている後ろ姿を見るだけで、こんなに幸せな気分になるなんて。 こんな時間が殺されるなんて、辛すぎるやないか。

コストがかかったとしても、まだ生きたーてしゃーないのよ。

July 8, 2016 06:20 PM

描け、描け、描け

「描け」
「描け」
「描け」

と、『かくかくしかじか』(著:東村アキコさん)の日高先生は繰り返す。
最初は、主人公の明子と同じく、この、機械的に発せられているようにも聞こえる言葉の意図がわからなかったけど、最近は(今さらかよ)この言葉の大切さがわかるようになってきた。

日頃、「クリエイターやねんから」とか「それクリエイティブじゃないわ」とか、所謂"クリエイター"として話をすることが多いけど、何年経っても自分をクリエイターと名乗ることに、ちょっとしたこそばさを感じる。特にディレクターになってからはなおのこと。

「クリエイター」 というのは、クリエイティブに思考したり、創造する人だと思ってる。
ハイセンスな服やインテリアが好きなだけではクリエイターでもなんでもない。
美術館に行くだけではクリエイターではないし、イケてる人の投稿に「いいね!」 するだけでもクリエイターとは言わない。
制作会社に勤めている、スタークリエイターと友達だ、力のある先輩にかわいがられている、PhotoshopやIllustratorを使える、そんなことだけでは決してクリエイターではない。なにもクリエイトしてないなら、やっぱりクリエイターではない。

自分が長年感じている、若干のこそばさの根源は、"つくり足りない" という思いなんだと思う。

アイデアがなかろうが、案件がなかろうが、直接手を動かしてモノをつくる職能ではなかろうが、 なにかを考えて、カタチにすることはできる。とにかくつくらないと。

「描け」
「描け」
「描け」

とにかくつくる 。
脳科学の本なんかでよく書かれているけど、感情が行動を起こしてるんじゃなくて、行動のあとに感情が起きているらしい。CAさんの「口角をあげる」トレーニングも同じことで、「嬉しい」 や「楽しい」 の感情の反応として口角があがるのではなくて、口角が上がるという動作に「嬉しい」 や「楽しい」がついてきているらしい。

石橋を壊すほど叩いてちゃダメだ。
タイミングを逸するほどコネコネしちゃダメだ。
さっさとトライしよう。失敗しよう。そしてそれを繰り返そう、続けよう。

July 2, 2016 11:00 AM

カレーうどん

つまらない。
そうじゃないよ。

フツーに遮断してどうする。
フツーに受け流してどうする。
フツーに議論してどうする、

Siri の方がアイデアあるぞ。

会話ってセッションだろ?
なにもずっとボケろ、ツッコめと言ってるわけじゃない。
どんな意見も感情も、セッションを楽しみ、続け、その中で出していくのが楽しいんじゃないのか。
長ければいいってもんじゃないが、3秒で終わらせるのとか、

ナパームデスかよ。

自分がここ数年身を置いている世界には、かしこい人が多い。理路整然としている。それは素晴らしいことだし、見習いたい部分でもあるが、自分にとっては大きな問題でもある。

破壊衝動。頭の中を壁にガンガンぶつかりながら飛び回る。
予定調和。
既定路線。
原理主義。
完璧なレイアウト。
キレイに高く積み上げられたジェンガ。
実際にアクションに至るかは別として、衝動が押し寄せる。壊したい、

『カレーうどん』 の警備員のように。

July 1, 2016 03:13 PM

「旬」

もう7月。10月には38歳になる。
「38歳」ってすごい。高校を卒業してから20年も経つことになる。ハイスタを聴きながら、机の上を埋め尽くすほど落書きをしていた高校生だった自分は、「38歳」についてどんなイメージを持っていただろう。まったく覚えてないけど、たしかなのは「旬なんてとっくに過ぎてる年齢」とは思っていたはず。

実際はどうなのか。38歳を目前とした自分はどんな状態だ。
あぁ、たしかに決して「旬」と呼ばれるような状態ではない。
若い頃抱いていた「旬」のイメージとは、人気クリエイターとして、『トップランナー』や『情熱大陸』に出演したり、デザイン誌でろくろをまわしながら有名バンドのアートワークでも紹介しながらデザイン論を語ってるとかそんな感じ。

残念ながらそれらはまだ訪れていない。

とはいえ、いくつかのハイライトはあった。
20代の中頃、ファッション誌の街角スナップ的なコーナーに何度か載せてもらったり、読者代表として座談会にも参加させていただいた。クリエイターとしては、自分のデザインした名刺が国内外の様々なメディアに取り上げられ、海外の出版社が出している名刺デザイン集にも2回載せていただいた。

でも、それだけ。そしてそれらはもう過去のこと。18歳の自分が抱いていた旬な時代は確実に過ぎ去った。そして今後もこんな感じの旬はもう来ないと思う。

むしろ、もう来なくなったいいと思っている。スネたり悲観しているわけではない。シンプルに「順番」や「時期」の話。
「旬」という言葉には、瞬間最大風速的なニュアンスがある。瞬間的な爆発力が必要な場面もあるけど、大事なのはずっと「旬」を感じれる生き方をしてるかどうかだと思う。
だから、夢を持つのにも年齢なんて関係ないとは思っている。60歳になってはじめて武道館に立つ、なんて夢は最高だと思うし、そんな夢を持っている人は応援したいと思う。

自分の場合は、もうハットトリックを達成してお立ち台に立つことにモチベーションを持てなくなったというだけ。その役目で輝くためのタイミングはもう過ぎた。

今は、こどもや若い子らが、「残尿感」 なく旬を迎え、つっきれるように、何かしらの形でサポートすることにモチベーションがある。完全にこどもができた影響だ。
それを全力でやることで、新しいおっさんになった自分の新たな「旬」が来るのだ。

振り返ってそこにあるのは、全て自分が歩いてきた道。
自分が選び、ときには切り開いてきた道。
いま自分が立っている場所に、自分を連れてきたのは自分自身。
目の前の道を歩き続けるのも自由。
行きたい場所へ向かう道を作るのも自由 。

ということで、アルバム『Making the Road』から、Hi-STANDARDで「Stay Gold」、どうぞ。

このアーカイブについて

このページには、2016年7月に書かれた記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2016年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。