パイセン業はむつかしい - MIXTAPE GENERATION

« 健康には金がかかる | Home | Go »

July 22, 2016 07:23 PM

パイセン業はむつかしい

師匠が弟子に、親がこどもに、「オレの背中を見て覚えろ」「同じことは二度と言わないからな」というアティテュードで指導・教育にあたるスタイルがある。
実際、自分のキャリアの中でもそんな人たちにたくさん出会っている。

こんな自分でも、上司であったり親であったりするので、「教える」 ということについては何年も悩んでいる。
わかっているのは、自分には前述のようなスタイルの教え方が向いていないということ。
理由がいくつかある。

まずは、自分の場合、そういうスタイルをとることが、どうも怠慢な気がしてならない。キャリアの中で、ある程度 「背中を見て覚えろ」 スタイルの効果も感じてきたので、自分もそのスタイルにチャレンジしたことはある。ただ、自分が「オレのやり方見て覚えて」「ググって調べろよ」「前に言わんかったっけ?」的な言葉を吐くとき、なにかカスみたいなのが胸に残る。

  • もっかい教えるのが面倒だっただけじゃないのか?
  • 二度手間にイラっとしただけじゃないのか?
  • もっとうまく教える方法を持ちあわせていないから逃げたんじゃないか?

こんな考えが頭を巡り、なんだか自分が小さくズルいやつに思えてきて嫌になる。

でも、師匠や先輩や親は、ストレートに「面倒くさい」でもいいのかもしれない。それを態度に出すことで教えられることもあるし、そういう態度で教えた方が効果が高い人もたくさんいる。
それでも自分は、歳や社歴が上だから、その分野においての先行者だからという理由で、「面倒くさいから」をOKにできる自分をあまり好きになれない。

もう一つの理由。これも個人的な体感では、例え教えるのが2回目や3回目だったとしても、面倒でも、時間をとって教えた方が効率がいいし、効果も高いんじゃないかと思う。
単純な話、例えば、あることを知らなかった人がそれを自力で知るまでに1ヶ月かかるとしたら、それを少しの自分の時間を使って教えることで、彼・彼女たちは今すぐに知ることができる。そしたら、彼・彼女たちがそこで得たスキルや知識を使ってなにかにチャレンジできる時間がより多くとれる。
なかなか覚えられない人には、2~3度同じことを教えたっていいとも思う。覚えられない理由が、彼・彼女のやる気の問題なのか、能力の問題なのか、もしくは、自分の教え方の問題なのか。いろいろな理由があるけど、いずれにしても2~3回くらい教えたっていいじゃない、と思う。

自分が、器用に計算ができたり、ものを覚えたりできる人間じゃないからってのも、そう思う大きな理由の一つだろう。

「見て覚えてよ」「前言ったやん」というスタイルの先輩に教えていただいたことはたくさんある。本当に感謝している。
しかし、2度も3度も時間を使って教えてくださった人のことは、もっと感謝している。尊敬している。好きだ。教えてくれた人のことも、与えてくれた知識やスキル(どんな微細なことでも)も、ずっと宝物のように心にとってある。

どっちのスタイルが正解とかいう話ではない。

いずれにせよ欠けてはならないのは「愛」だと思う。
ただ、 意外に「愛」は自覚しづらいようだ。
「虫の居所」も完全に自分のためにやっていることも相手への「愛」だと勘違いしたり、そう思い込もうとしていることもあるし、逆に、それこそが「愛」そのものなのに、本人がそれに気づいていなかったり、認めないことだってある。

「愛」はやっかいだ。ときどきビジブルにしなきゃ、一生一切伝わらない可能性がある。
恥ずかしいけど、たまにはポロりしていこう。

コメントする

この記事について

このページは、Koji Sueyoshiが2016年7月22日 19:23に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「健康には金がかかる」です。

次の記事は「Go」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。